第13章 思惑通り
自分のことだけを考えて、自分だけにその言葉を囁いて欲しい。
そう、例えば月明かりの夜、ひっそりとしたガゼボで。
もしくはキラキラと星を映す噴水の前で。
社交界の喧騒から逃れたバルコニーで。
ダンスを踊りながら耳元でこそりと告げられるのもいいかもしれない。
とにかく二人だけの世界がいい。
そして見つめあって、身を寄せ合って。
甘い余韻に浸りたい。
ジョエルにとって理想の求婚とはそのようなものだった。
両親のような、人々の語りぐさになるようなものでなくて良い。
というより、そんな人前で声高らかに求婚をされたら逃げたくなるだろう。
「皆の前で求婚など…晒し者みたいですわ」
「なっ! お前、私達を全否定するつもりか?!」
「ですから。あれは相手がお母様だから成立したのです。あたくしなら他人の振りを致します」
自分の一世一代の求婚をスパッと拒絶されたマラドスは、「それでお前が産まれたのに…」と悲しくなった。
「そういうことをなさる方なら、最初から好きになったりしませんわ」
そもそも。
彼は自分に求婚してくれるのかどうか、はっきりしていないのだ。
ジョエルは小さくため息をついて、父の腕を引く。
「帰りましょう」
「あ、あぁ…」
帰りの馬車の中、父娘は無言であった。
ジョエルは流れる景色を見つめたまま、マラドスはしきりに両手を組んだり離したりと何かを考えているようだった。
スブレイズ邸に戻って来て早々、マラドスは書斎に篭ってしまった。
ファンドレイとのことを改めて話そうとしていたジョエルだったが、馬車の中で決心した気持ちがあっさりと揺らぐ。
母が居れば軽い回答で背中を押してくれるだろうが、生憎不在であった。
ジョエルは眉間に皺を寄せて紅茶をちびちびと喉に流し込むしかなかった。
(ファンドレイ様…会いたいですわ)
明日、いつものように図書館へ行けば会えるだろうか。
試験を受けたときのような真剣な瞳を真っ向から受け止めたい。
そして熱い口づけを。
(あたくしったら……)
その先を想像して、ジョエルは思わず脚をバタつかせた。