第22章 拍手御礼小話 だいじょーぶ!!
一松の場合
「なにしてんの?」
「一松…」
ぬらぁっと暗闇から現れた彼は、いつものように猫背、寝癖、気怠げかつ生気のない目で、ゆめ美の元へやってきた。その腕には猫を抱いている。
「なんとなく、ここでボーッとしてたくて」
「へーぇ」
興味なさげに返事をし、一松はベンチの端に座ってから、もぞもぞとゆめ美と距離を詰めた。ゆめ美は一松が抱いている黒猫を見やる。
「猫と遊んでたの?」
「こいつらの集会に顔出してた」
"こいつら"と言われ、ゆめ美は半信半疑で尋ねる。
「…集会って、もしかして時々猫が集まってじっとしてるアレのこと?」
猫をひと撫でして頷く一松。
「そ、そうなんだ。熱心に参加して偉いね」
冗談ぽく言ったゆめ美だったが、一松は満更でもなさそうにまた頷いた。
(一松って変わってるなぁ…)
とは思ったものの、それを言うのは失礼な気がして、ゆめ美は当たり障りのない話を振った。
「えっと、今日も暑かったね?」
「…うん…」
「明日も晴れるかなぁ?」
ゆめ美がそう聞くと、一松は膝の上で丸まっている猫を一瞥し、ボソリと呟いた。
「…顔を洗うと雨」
「え?」
「…猫が」
「ふぅん?知らなかった。物知りだね一松って!」
「…べつに」
「……」
「……」
会話が途切れ沈黙が訪れる。
二人がこうして顔を合わせたのは、旅館の一件以来はじめてだった。
(どうしよう、緊張してきちゃった)
ゆめ美は、二人きり部屋で過ごしたあの夜を思い出し、必要以上に意識してしまう。それはきっと一松も同じで、旅行については一切触れてこない。
そんな二人の空気を読んだのか、一松の膝から猫がぴょんと飛び降りた。
ゆめ美がスタスタと去りゆく尻尾を眺めていると、ついに一松から口を開いた。
「……で?なに悩んでんの?」
「え…」
目が合えば、不器用な一松は咄嗟に目を逸らす。けれど心はゆめ美に寄り添っていた。