第18章 アンケート回 松怪奇譚〜追〜
蜘蛛の脚の鋭い爪がゆめ美の皮膚を裂こうとした刹那——
「やめろーーーッ!!」
死角から現れたトド松が、女将の腹に釘バットを食らわせた。
身構えた女将だったが、ぼふ…と、鈍い音がして終わる。
「あ、あれ?」
非力なトド松の力では、釘バットという凶器もただの豆腐と化す。
不意を突かれ、というか、呆れ果てて女将の動きが止まった。
「……」
「おっかしーなぁ。てへっ」
「女子かッ!?」
てへぺろする末っ子に間髪入れずツッコむ三男。
「けどよくやった!今のうちに早く!」
「行くよユメ!」
「う、うんっ」
三人は駆け足で女将から距離をとった。
トド松が隙を与えたおかげで、ゆめ美は無傷のままだった。
「トッティありがとう!無事だったんだね!」
「えへへっ、当然でしょ?」
「よし、逃げるのももう疲れた。トド松、二人で女将をやっつけよう」
チョロ松は壁に立てかけられたモップを手に取り、女将へ向き直った。
「おい怪異、僕はもう逃げも隠れもしない。兄弟達をどこへや」
「待って、兄さん」
と、トド松はチョロ松の言葉を遮り両手を広げた。
目に涙を浮かべ、膝が震えている。決死の覚悟で恐怖と戦っているのだ。
「ねぇ蜘蛛さんもうやめて。どうしてボク達のこといじめるの?」
「いじめる?それは違うねぇ。お前達だって腹が減ったら魚や動物を獲って食うだろう?それとおんなじさ」
「そっか…分かったよ」
二人の一歩前へ出て、澄んだ黒目を女将へ向けた。
「食べられるのはボクだけでいい。その代わり、ユメを解放してあげて」
「いや、ついででいいからそこは僕の名前も言って?」
「ボク、もうこの世に未練なんてないんだ。素敵なおもてなしも受けたし、綺麗な女将さんがカッコいい蜘蛛さんに変身したのも見れたし…さ」
ポロリと瞳からしずくを溢しながらも笑顔を見せるトド松へ、女将は何も言わずに脚を一本伸ばした。