第16章 アンケート回 松怪奇譚〜序〜
「なんか、すごく雰囲気のある旅館だね」
車から降りて、最初に声を発したのはゆめ美だった。
木々が生い茂る山中、ひっそりと旅館は佇んでいた。由緒ある木造建築だが、所々壁にヒビが入り、屋根の瓦が取れている。こんな状態で修復されず放置しっ放しなのが気になるところだ。
その不気味な雰囲気に圧倒され、案の定トド松はゆめ美の腕に引っ付いている。
「ケケッ、なにせ老舗旅館だからな。壁のヒビだって味があるだろバーロー」
「いやチビ太、足ガクガクしながら言っても説得力無いから。つかさ、古いなりに小綺麗にしておくもんじゃないの?玄関に蜘蛛の巣張ってるとかどうなの?」
と、チョロ松が不満を口にすると、他の兄弟達も頷いた。だが、一松だけは嬉しそうに壁のヒビを見つめている。
「…おれはこういうの、嫌いじゃない」
「まぁお前が棲みつきそうな雰囲気ではある」
ニタニタ笑う一松を半眼で呆れながらチョロ松が見ていれば、視界の端、いつの間に現れたのか玄関に人影が一つ。
「…幽邃(ゆうすい)の地にある吐奇話旅館まで、ようこそおいでくださりました…」
頭を深々とさげてこちらにやってきたのは、一人の老婆であった。
紫の着物に黄色い帯は、着崩れてヨレヨレ。血の気のない青白い肌に充血した目。真っ白な白髪は結ってお団子にしているが、ボサボサでとても客商売をやっている身なりには見えない。
「ヒィッ!?」
老婆の気味の悪い風貌に怖気付き、トド松はすかさずゆめ美の背中へ隠れた。
「どーもザンス。この旅館の女将ザンスか?」
「左様でございます。ええと、松野様御一行ですね?」
「そうザンス!よろしくザンス」