第16章 アンケート回 松怪奇譚〜序〜
遠ざかる猫の後ろ姿を、取り残されたイヤミは、這いつくばりながら目で追うしか出来ずにいた。
「ミーの…卵…」
虚しさが渦巻く心に、ビュウと一陣の風が吹きすさぶ。すると、風で飛んできた何かがイヤミの視界を覆った。
「うっぷ!?な、なんザンス!?」
顔から引き剥がすと、それは随分とボロボロになった旅館のパンフレットだった。
「…非日常を味わえる温泉旅館?経営者が自殺した露天風呂は圧巻の絶景、呪われてもいい方おいでませ……って、心霊現象を売りにしてるきな臭い旅館ザンスね。どうせよくあるインチキ話。フン、貧困に喘ぐミーには無縁ザ……ン、ス!?」
パンフレットの右下、黒地に血のようなインクで書かれた項目を読んでいると——突然、イヤミの脳内に電流が走った。
(新規お客様ウェルカムキャンペーンで、今なら当旅館をご利用になったお客様一人当たりひ、ひゃくまんえんっ!!??)
イヤミはパンフレットを握りしめ、おでん屋台へ駆け足で戻った。
「チビ太ー!!これだ!!これザンス!!」
「なんでい?卵盗まれてついにイカれちまったかぁ?」
呆れ顔のチビ太にイヤミはパンフレットを突きつける。
「いいから黙ってミーの話を聞くザンス!ごにょごにょごにょ——」
イヤミが閃いた妙案をチビ太へ耳打ちすると、チビ太の表情がみるみる醜悪な顔つきになっていった。
「——で、ミー達はフィフティフィフティで山分けでどうザンスか?」
「イヤミ!随分とうまい話が転がってたじゃねぇかバーロー!」
「これであのおバカな六つ子からたんまり儲けてやるザンス!!」
「オイラもおでんのツケがたまりにたまって困ってたんだコンチキショー!」
イヤミとチビ太は顔を見合わせ、硬い握手を交わした。
「そして、ちゃっかりしっかり、今度こそミー達が主役に返り咲くザンス!!」
「おうよっ!そうと決まれば早速作戦会議だバーロー!!」
「ウッヒョッヒョヒョヒョー!!」
「ケーーッケッケッケッケ!!」
——薄気味悪い二人の笑い声は、深夜まで河川敷に響き渡っていたという。
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