第12章 恋とニャンコと真心と
しゃがんで猫と戯れていた男は、ゆっくりと立ち上がり、振り返った。
「……」
「あれ?おそ松くん?」
「……一松ですけど」
「あ、ごめんごめん!暗いしマスクしてるから見分けるの難しくて!こんなところでどうしたの?」
一松は、無言でチラッと目配せした。
その視線の先には、キャットフードを食べる猫の姿。
「もしかして、ごはんあげてくれたの?」
「……」
(「見りゃわかんでしょ?」って目つきで睨まれた…)
睨まれたものの、一松の意外な一面を知って、ゆめ美は思わず顔がほころぶ。
「へぇ…知らなかった。一松くんって猫が好きなんだね?」
「……べつに、なんだっていいでしょ…」
「ふふっ、確かになんだっていいね!そだ!今度、メガネくんに会いに来たついでにアカツカ亭にも寄ってよ!飲み物ご馳走するから!」
「……メガネくんて、変な名前……」
一松はアカツカ亭の話には触れなかったものの、ほんのちょっぴり、ほんとのほんとに少しだけ微笑んだ。
(一松くん、今、笑った?)
ゆめ美は、一松の笑顔を初めて見た瞬間、何故か胸にぎゅっと甘い痛みが走った。
もっと話しかけたら、もっと笑ってくれるかな?——と、思ったのだが、
「…帰る…」
「え?でも、もう少し…」
「みんなと銭湯行くから…」
「そ、そっか。ばいばい」
ロクな会話もせず、一松は猫背をゆめ美に向け、ノロノロとした足取りで帰って行った。
「…もうちょっと話したかったのにな」
「ニャー」
ニャンコは、俯くゆめ美をただジッと見つめていた。
・・・