第2章 ダスヴィダーニャ!涙の引退宣言!
自分は何を考えているんだろう。
ヴィクトルの目を正面から見つめて、徹ははっと我に返った。
今目の前にある光景は、間違いなく現実だ。
頬に当たる雪の冷たさも、手袋越しに伝わるヴィクトルの体温も、橙の街灯も、未だに膝に感じる痛みも。
神様が見せてくれている夢なんかじゃない。
徹にとっての神様は今目の前にいる。
ヴィクトル・ニキフォロフその人ではないか。
気持ちと熱を落ちつけようと、体は勝手に浅い息を繰り返す。
それをいさめるために徹は深く息をついて、瞑目し、もう一度まっすぐにヴィクトルを見つめた。
「やります。僕にヴィクトルのコーチをやらせてください」
もうリンクには立てないかもしれない。
それでも、まだここにいたい。
きらびやかで残酷で、とてつもなく美しくて冷酷なあの場所に。
宮樫徹はまだ、恋をしていたい。
ヴィクトル・ニキフォロフが、憧れて仕方のない彼がそれを望んでくれるのなら、自分はそうありたい。
「決まりだね」
ヴィクトルがお決まりのウィンクを飛ばし、もう一度徹を抱きしめる。
「よし、そうと決まれば即実行だ。とりあえず、トールの家に行くぞ」
「え、なんで」
「なんでって、トールの荷物を運ばなくちゃならないだろう?」
「運ぶ?」
ヴィクトルが徹の手を引いて歩き出す。
徹は何が始まっているのかわからずに、ヴィクトルに引きずられるような格好になった。
「コーチと選手は互いによく知りあうべきだ。ということで、トール。今日から一緒に住むぞ」
「一緒に、す、え!?」
「選手として交流があっても、俺はトールのことを知らなさすぎるからね!トールも、コーチする選手のことは分かっていた方がいいだろう?」
「え?あの、ヴィクトル、それはいくらなんでも急すぎるんじゃないですかね!?」
「なぜ敬語になる?うーん確かに今から引っ越しをするのは大変か……よし、じゃあ今日は俺の家で一緒に寝よう!明日一番で引っ越しに取り掛かるぞ!」
「なんでそうなるの!!?」
寒空の下に徹の悲鳴が反響して、拡散していった。