第2章 ダスヴィダーニャ!涙の引退宣言!
「トール、これからどうするんだ?」
ヴィクトルの声から甘やかさが消え、氷上の皇帝らしい強さを帯びる。
徹はヴィクトルを見れないままうつむいた。
「どうするって……日本に帰るよ。僕はもう、あそこには立てないわけだし……」
ヴィクトルが長く重い息を吐いた。
自分の考えに氷上の皇帝はどんな反応をするのか。
それが恐ろしくてたまらなくて、徹はぐっと唇をかんだ。
乾燥した唇がぷつりと切れてしまうのが分かったが、気にしてなどいられなかった。
落胆だと思った。
憐憫だと思った。
昼間のリンクで、誰もが徹にそういう目を向けた。
あんなに才能があるのにかわいそうに。
誰が言ったかもわからないのに、あの時に聴いた一言が徹の胸に刺さる。
今、ヴィクトルも同じことを考えて、同じ顔をしているに違いないと思った。
それを知覚してしまえば、徹はもう立ち上がることなどできそうにない。
憧れのヴィクトル・ニキフォロフに死刑宣告を下されるのかと、徹は体を固くして、震えをなんとかおさめようと必死だった。
吸い込んだ息が、喉を焼く。
「トール」
呼ばれた名前に肩をひくりと震わせると、次の瞬間、深く抱きしめられた。
「え……」
品のいい香水の香りが鼻をかすめ、銀糸のような髪が、徹の顔のすぐ側にあった。
背中に回ったヴィクトルの腕がぐっと徹を引き寄せる。
徹はどこに手を回したらいいのか、ヴィクトルにしがみついてしまっていいのか、迷って控えめに彼のコートを掴んだ。
「ヴィ、ヴィクトル――――」
「トールは、本当にそれでいいの?」
「だって、いいのかって、僕はもうそれしか……そうするしか……」
ヴィクトルから離れようとつっぱろうとした腕が、力を失ってうなだれる。
ヴィクトルの頭が肩から離れ、アイスブルー・アイが徹を射抜いた。
「このままリンクを降りてしまって、いいの?」
「あ、僕は」
「僕はトールが本当はそんなの望んでないってこと、ちゃんと解ってるつもりだけど」