第2章 ダスヴィダーニャ!涙の引退宣言!
それが競技なのだということを誰もが忘れた。
忘れて、誰もが魅了された。
ヴィクトル・ニキフォロフの一挙一動。
ジャンプ、スピン、ステップ、そのすべてに息をのんだ。
ヴィクトル・ニキフォロフが優勝するだろうということは、誰もが予想していた。
だがここまで美しく、現実離れしたプログラムだということを、誰が予想し、想像できただろう。
「やっぱり、貴方は最高だ、ヴィクトル」
滑走を終え、人々の声とまなざしを一身に受けるヴィクトルは、一礼して徹のほうを見やる。
徹と目があった瞬間、王者の顔はなりをひそめ、無邪気な笑みがこぼれた。
それが大勢の観衆ではなく、コーチである自分一人に向けられている笑顔だと思うと、徹は熱くなってしまう。
大きく手を拡げ、口の形だけでいとしいスケーターを呼んだ。
投げ入れられた花束に見向きもせず、ヴィクトルは真っ直ぐに徹の元へ向かい、強く抱きしめる。
徹も応えて腕を背中へ回し、甘えるように彼の胸元へ顔をすりよせた。
「点数を見るまでもないね。最高だった。誰よりも美しかったよ、ヴィクトル」
「当然だよ。君が作ったプログラム、最高でなくてなんだというんだ?」
納得のパーソナルベストをたたきだし、今シーズンも波乱なく、王者はヴィクトル・ニキフォロフ。
各誌面はヴィクトルの圧巻の演技と、今季コーチを務めた宮樫徹についてとりあげた。
使用された写真はもちろん、リンクサイドで抱きしめあう師弟の喜びの姿だった。
日本のネットニュースも、スポーツ番組も、こぞって宮樫徹をピックアップして報道した。
故障で引退した日本人選手が、リビング・レジェンドと組み、奇跡のプログラムを実現。
悲劇のヒーローからの転身は、マスコミにとっておいしい以外のなにものでもなかった。
だがその陰で、こっそりと。
もう一人の日本人選手の話題は、薄まっていた。