第1章 彼女は何も持たない
光の中にあったのは、真っ白い部屋だった。
光が白いからそう見えているのかと思った。けど、どうも違う。
天井から壁、端から端まで白一色だった。
家具は一切見当たらない。
まるで精神患者を収容する部屋のようだった。
部屋の先にある、見るからに頑丈な扉が、本当に何かを閉じ込めているような雰囲気を漂わせている。
『ワタシ』は押し開けてできた隙間に体を斜めに滑り込ませ、失礼します、と心の中で呟きながら、白い部屋の中に入った。
床はツルツルと滑らかだった。
大理石のように、凸凹が一切無い。
壁も同じ素材で作られているらしく、滑らかな壁面が『ワタシ』らしき人間をぼんやりと映している。
この部屋には何も無い。
天井のライト、出入口。それ以外目に付く物は何一つ無い。
頑丈な扉が行く手を阻んでいる。
『ここから先は通さない』と訴えられている様な気がした。
『ワタシ』は『患者』なのだろうか?
一瞬そう思った。
だけど、その考えは当ってない、かも。
目覚めた場所や、恰好。『ワタシ』が何かの患者だったとしても理解不能な状況。
なら、『ワタシ』は何故ここに居るの?と考えれば、空っぽの記憶で行き詰まる。
分からないけど先に進もう。という思考は頑丈な扉に阻まれている。
目の前の扉は、今まで通った扉とは明らかに違う。
形、大きさの違いはもちろん。何より、ロック機能が付いている。
扉の右端に、小指の第一関節程の小さい長方形の穴がある。
そこに何か差し込むらしい。
穴の横に小さく『OPEN IN→』と描かれている。
何を差し込むんだろう…?
部屋の中を見渡しても、何も見当たらない。
何一つ落ちていない。注意深く見ても、床の中央辺りが所々薄灰色に汚れていた事に気付いたくらいで、何も見つからない。
…もしかしたら、あの物置の様な部屋にあるのかも知れない。
そう考えて先程通った通路に戻ろうと踵を返した瞬間、不意に、手が胸元のネックレスを握った。
……え?
無意識だった。
別に握ろうと思って握った訳では無い。
勝手に、と言っても過言じゃ無い。『ワタシ』の思考を無視して、手がネックレスを握っていた。
まるで何かに操られたかのように。