第1章 彼女は何も持たない
だけど
ーー怖がってるだけじゃ、前に進めないよーー
ズキッ、と頭に痛みが走った。
「......ッ!」
ーーアンタ、ホントどんくさいねぇーー
はは、って温かみのある笑い声と、男の声が脳内に反響する。
誰?
ーーほら、さっさと進みな。後ろは俺が守ってやるからさーー
誰なの...?
聞き覚えのあるような、無いような、だけどあるような気がする、曖昧な記憶。
声が脳内から離れ出て、また静寂が訪れる。
「...ッ...う...」
ズキズキと痛む頭を押さえながら、目先の床を見つめる。
生理的に浮かんだ涙で、ぼやけて見える。
ぎゅう、と胸元のシーツを握り締め、ゆっくり深呼吸をする。
--今、のは……
分からない。
思い出せない。
声と、言葉だけ思い出した。
その言葉は私を鼓舞する言葉だった。
「前へ……」
進め、と過去に誰かが私に言ったんだ。
私は、その時前へ進めたのだろうか?
今、前へ進んだら、その人に会えるのだろうか?
涙を拭い、私はゆっくり顔を上げる。
前へ進む為に。
この先にその人が居るかどうか分からない。
…けど、私が今やるべき事は、前へ進む事。
私の置かれた状況を知る事。
決意して、扉の向こうの光景に目を向ける。
目の前に広がる光景は、平穏とは程遠いモノだった。