第6章 二人
「あの夜、血に濡れた手を綺麗に流してくれたのはビアンカだ」
リヴァイの脳裏に、初めて人を殺めた夜が映る。
瞳から大粒の涙を流しながら抱き締めてくれたのも、一晩中寄り添ってくれたのも、目の前にいるビアンカだった。
ビアンカの手を強く握り直し、揺れる瞳を真っ直ぐ見据えてみる。
ケニーばかりを追うこの瞳に、胸が焦れたこともあった。
早く、大人になりたかった…。
「ビアンカが普通の女でいられるなら、どんな汚いことでも俺が代わってやる」
ビアンカは目を見開いたあと、遣るせない思いに息が詰まりリヴァイから顔を背けた。
「……そんな風に言わせちゃうのは、私が弱いからね…」
悲しそうに目を伏せてしまったビアンカの顎に手を添え、もう一度自分の顔と向き合わせる。
「違う。俺がビアンカを守りたいからだ。だから…そばにいてくれよ…」
ビアンカが今、どんな思いで自分を見つめているのか。
知りたい、確かめたい―――。
「ずっと…、そばに…」
顔に触れたままの手に、心持ち力を入れる。
ビアンカの心を探るようにゆっくり距離を詰めると、震える声がじわりと届いた。
「私…、リヴァイが好きよ。
でも…これが恋なのか、家族に近い情愛か、自分でもわからないの。それなのに、リヴァイが誰か他の女の子と…って思うと、それは嫌なの……」
ビアンカの言葉はリヴァイの体の芯を熱くさせた。
戸惑った様子のビアンカの頬を、そっと撫でる。
「勝手だな」
「ごめんなさい……」
「ビアンカが嫌なら、これ以上のことは止める」
止める、なんて言いながら、リヴァイは既に両手で冷えた頬を包み込んでしまった。
唇と唇はもう触れてしまいそうだ。
リヴァイを見るビアンカはもう、瞳を逸らせようとはしなかった。
「リヴァイも狡い…」
頬を染めてそう言うビアンカに、リヴァイは熱情を込めた声で囁く。
「ずっと、好きだった」
やっと触れられた。
沢山の歳月。
積み重ねたビアンカへの想い。
その愛しさの分だけ、リヴァイは優しく、柔く、口づけた。