第5章 去る者 ※
そろそろ眠りにつこうかと、寝間着に着替えている所だった。
部屋の扉をノックする音が響く。
夜ビアンカの家を訪れるような人間は、ただ一人。無意識に胸は鳴る。
「はい…」
恐る恐る扉一枚隔てた向こう側へ耳を澄ませると、聞き慣れた低い声で「俺だ」と返された。
ホッとして彼を迎え入れる。
「もう寝るところだったの。ケニー明日は…」
ビアンカの言葉は口づけに飲み込まれた。
コートを脱ぐこともしないまま壁際に追い詰められ、両手の自由を奪われる。
二人の距離を隔てていた帽子のツバが額に引っ掛かり、フワリと床に落ちていく。
舌を掬われ、息する隙もなく唇を押し付けられ、ただただ続けられるその行為。
「……はぁ…っ」
性急なケニーに驚き見上げてみれば、今度は強く体を抱き締められてしまった。
苦しい程に力強い。
「ケニー…?」
「お前を抱きたい」
「………」
まるで、許しを乞うような。
いつもならばビアンカが躊躇っていようとも、たちまち衣服を脱がされてしまうというのに。
身動きできないほど拘束された腕の中で、今日のケニーに違和感を覚える。
が、そこを問い詰めたりはしない。
ビアンカとケニーは、今までずっとそうしてきた。
「うん…」
たったひと言返事をして広い背中に腕を回すと、ケニーはやっとのことでビアンカと顔を見合わせた。
ザワザワと胸が落ち着かない。
こんな瞳で見つめられたのは初めてだ。
こちらを見下ろすケニーの瞳は、酷く寂しそうだったのだ。