第2章 過去 ※
逃げようと言われたあの時、何がなんでも止めれば良かった。
縛り付けてでも、家から出られないようにすれば良かった。
私さえ冷静になっていたら、母さんが殺されることはなかったのに。
今もまだ、二人でいられたのに。
『…っ…あぁぁっ…!!』
涙は溢れ、嗚咽が漏れる。
ビアンカは深く布団を被った。
男はそれきり、何も言わなかった。
翌日。
ビアンカと男は、母親を埋葬した。
ちゃんとした墓を立てる金もない。
それならば、せめて暖かな土の中で眠れるように…。
ビアンカは男を見上げる。
朝を迎え、日の光が届く中で見る男の姿は、ナイフひと振りでクローテを殺した人物とは思えなかった。
クローテが死際、殺人鬼だと口走ったこの男。
名を何と言ったか?
『ねぇ、あなたの名前は?』
『…ケニー』
『苗字は?』
『ねぇよ。ただの、ケニー』
『私は、ビアンカ。ただの、ビアンカ。ありがとうケニー、助けてくれて。それから…母さんを弔ってくれて』
これが、ビアンカとケニーの出会いだった。