第1章 地下街の三人
ケニーは部屋を訪れるなり、薄汚れた帽子とコートを脱いだ。
ここに来ると、上の世界の汚さを浄化できる気がする。
唯一安らげる場所、安らげる女がいるこの部屋は、ケニーにとって特別だった。
「ご無沙汰ね、ケニー」
「ちょっとばかりゴタゴタしちまってな。片付けるのに時間食っちまったんだよ。ビアンカに会える日を指折り待ってたんだぜ?」
スープを作るビアンカの後ろから抱きつくと、ケニーは大袈裟に嘆く。
「どれだけの女にそんなこと言ってるの?」
「オイオイ、酷でぇ女だな。お前だけだ。ビアンカ」
ビアンカはチラッと後ろを振り返り、ケニーを睨んだ。
もちろん、そんなことで怯むケニーではない。
ニヤッと口の端を上げてビアンカを見下ろしている。
相変わらず端正な顔。
顔に似合わないふざけた口調。
久しぶりにこうして会えたことに、不覚にも胸は高鳴っている。
「あんたの言うことは話半分にしか聞かないって決めてるの」
精一杯の虚勢。
けれど、ケニーにはきっとお見通しだ。
「俺の心はガラスみてぇに脆いんだぜ?ちったぁ、甘やかしてくれよ」
「……はあ。あんたが来るなんてわかんなかったから、これしかないわよ。何とか二人分ならあるでしょ」
ビアンカが指差す鍋の中には作りかけのスープ。
とは言っても、具はジャガイモのみ。
この世界では、この程度でも立派な食事だ。
「いや、俺はいい。その代わり、食わせてやって欲しい奴がいる」
「…え?」
ケニーは部屋の扉を開けると、外に向かって誰かに話しかけていた。
一体誰を連れてきたのだと、ケニーの後ろからその人物を覗く。
そこには、痩せ細った子どもが一人、地面に座り込んでいた。