第10章 美食×谷底×再試験
『あぁー良かった』
『こうゆうの待ってたんだよね!』
崖に向って一歩踏み出した私の横でキルアとゴンが呟く。
二人の表情は周りの受験者とは比べものにならないくらいに明るい。
『走るのやら民族料理より、よっぽど分かりやすいぜっ』
『同感だ』
どこからか聞こえてきたレオリオさんとクラピカさんの声で、四人とも大丈夫そうなことに安心する。
私は、自分の頬が自然と緩んでいくのを感じながら一人駆け出した。
崖の淵で一旦立ち止まって、未だに後ろで立ち止まっているゴン達に顔を向ける。
『お先にー!』
それだけ言って目の前の谷に飛び込むと、受験者達のざわめきはすぐに消えた。
耳に入るのは、風を切る音と空気の抵抗で音を立てる服の音だけ。
不思議と恐怖は感じないのは、下に掴まる物があるとわかっているからだと思う。
落ちていく先に白い糸を見つけた私は、宙へと手を伸ばした。
指先に引っかかった糸をそのまま握り込んで、宙吊りの状態で糸の揺れが治まるのを待つ。
『ナナーー!』
叫びながら落ちてきたゴンは、私の掴んでいる糸とは別の糸に掴まった。
『ゴン!』
ゴンに手を振りながら揺れが大分治まったなと思っていたら、手の中の糸が突然大きく揺れて少し驚く。
『なぁに先行ってんだよ』
頭上から降ってきた声で上を見上げると、私の掴んでいる糸に平然と棒立ちしているキルアがいた。
『ちょ!大丈夫なの!?』
『はぁ~?大丈夫に決まってんじゃん』
そう言って糸の上をするすると歩くキルアに呆れながらも感心する。
糸を掴み損ねて川を流れている受験者もいるのにこの余裕……。
一体どんな環境で育ったのか、一度詳しく聞いてみたい。
小さく溜息を吐いて、近くにぶら下がっている卵を一つ獲る。
『んじゃ、私は先に戻るから』
スカートのポケットに卵を入れて糸から手を放す。
『ぁ、おい!』
キルアの焦った声を他所に、もう少し下に張ってあった糸の上に降り立ってそのまま壁まで走る。
ちょっとした対抗心と言うかなんと言うか、自分でも大人気ないと思うけれど、まぁ気にしない。
後ろでまだ何か言ってるキルアを無視して、私はゴツゴツした岩肌に手を掛けた。
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