第7章 ドキドキ×ハラハラ!×なりたい理由
恐る恐る男に視線を向けると、私の視線に気づいたその男に狂気じみた笑みを返されて震え上がる。
血色の悪い肌や身に纏う空気が何故かアイツを思い出させて、軽い吐き気に襲われた。
真面に戦って敵う相手じゃないと言うことくらい、私にだってわかる。
(もしイルミが、この男くらい強かったら私は……)
頭の中に浮かんでしまったその可能性に強く唇を噛んだ。
『……ナナ?』
突然耳に入って来た自分の名前で我に帰ると、いつの間にか私の目の前に来ていたキルアくんと目が合った。
『っ、ぁ、キルア……くん』
途切れ途切れに返してしまった私に、キルアくんは訝しげな表情で言った。
『お前、……どうしたんだよ。顔色悪いぜ?』
言葉は刺々しいけれど、どうやら心配してくれているらしい。
そのことが素直に嬉しくて、動揺していた自分が少し落ち着いたような気がした。
『ううん……何でもない』
私の言葉にどこか納得行かないような顔をしながらも、キルアくんがそれ以上追求して来ることはなかった。
やがて、気味の悪い声を発する鳥達が既に息をしていない人面猿達に群がり始めた。
さっきよりもその濃さを増す錆びた鉄の臭いと、獣独特の嗅ぎなれない臭い。
鳥達の嘴が徐々に赤く染まっていく様子に、どことなく周りの受験者達の顔色も悪いように思えた。
こんな時でも、私が思い出すのはやっぱりあの日の光景だった。
ハンター試験を受けると決めた時点で、血を見ることもその臭いを嗅ぐことも予想はしていた。
けれど、いつまで経っても身体がそれに慣れてくれない。
喉の奥からせり上がってくるものを必死に押さえ込んでいると、いきなり視界が暗闇で覆われた。
突然のことで一瞬慌ててしまったけれど、目の前にあるものが誰かの掌だと言うことはすぐにわかった。
『お前は、……見なくていい』
背後から聞えて来たキルアくんの声は少し無愛想で、優しさなんて微塵も感じられない。
けれど目の前にある掌もその行動も、どこか温かくて少し擽ったい。
それが何故か妙に嬉しくて、胸の奥が心地良く脈打った。
『……ありがとう』
私は一言だけキルアくんにお礼を言って、目の前にあるぬくもりが消えるのを待っていた。
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