第7章 ドキドキ×ハラハラ!×なりたい理由
俺の掌の下で微かに動く睫毛が少しだけ擽ったい。
(俺、なんでこんなことしてんだろ…)
周囲から向けられている視線を感じているのは俺だけで、俺にされるがままになっているナナは何も感じていないらしい。
俺だけが恥ずかしさを感じていることが妙に腹立たしかった。
けれど、咄嗟にコイツの目を隠しておいて正解だったとも思う。
俺達の目の前で、気味の悪い鳥に肉を啄まれ元の形を失っていく人面猿。
微かに鼻を突く錆びた鉄の臭い。
大の大人ですら顔を歪めているこの光景よりももっと酷い光景を、俺は散々見て来た。
いや、俺自身がそれをつくりだす張本人だ。
だからこそ引きちぎられていく肉の塊を平然と見ていられる。
でも、ナナは俺とは違う。
この光景にすら顔を歪めて泣き出しそうになっていた。
目の前でじっとしているコイツが、俺の本性を知ったらどう思うんだろう。
(きっと、俺のことなんかーーーーーー…嫌いになる)
軽蔑の目で俺を見て、離れていくナナやゴンを想像したら少しだけ視界が滲んだ。
気が付くと周りの受験者達は既に足を動かし始めていた。
俺は喰われかけの人面猿の姿が走り去って行く受験者達の影に隠れたのを見届けて、ナナの目を覆っていた掌をゆっくりと退けた。
『俺達も行こう』
先に受験者達を追っていたゴンが、俺達のことを呼んでいるのが聞こえる。
俺とナナは一度顔を見合わせて、二次試験会場へと続く森の中へと走り出した。
その頃にはもう視界の滲みは消えていてーーーーーー…
予想以上に泥濘んでいる地面を走るのに必死で、なんで涙が出そうになったかなんて考える暇もなかった。
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