第6章 ゲーム×涙×変化
聞き慣れた自分の声であるはずなのに、暗くて重いその声に冷や汗が止まらない。
“アイツ”は確かに俺だ。
だけど俺であって俺じゃないような、そんな言葉にし辛い存在。
“アイツ”が出てきてしまったら、俺は暗く深い場所に追い遣られる。
そうなった俺は何をするかわからない。
頭の中にぼんやりと浮かんだのは最悪の光景だった。
真っ赤に染まった自分の掌、錆びた鉄の匂いとそれに混じる優しい匂い。
俺の足元に転がっている赤い塊がなんなのか、そこまで頭の中に思い浮かべそうになって考えるのをやめた。
想像してしまった光景と“アイツ”への恐怖から逃れたくて、手に触れる体温を乱暴に抱き起こす。
それでもそいつは目を覚まさなくて、俺は震える唇で叫ぶようにそいつの名前を呼んだ。
『ナナ!目を覚ませっ!!』
相当大きかったであろう俺の声に、今までなんの反応も示さなかったナナが一瞬肩を跳ねさせてゆっくりと目を開ける。
まだ涙の止まっていないナナの虚ろな瞳が俺の姿を捉え、少しずつ瞳に光が戻っていくのがわかった。
そのことに一安心した俺は、深く息を吐いてナナに声をかけようと口を開く。
『もうっ!!?』
もう大丈夫だ、そう続くはずだった言葉が俺の口から出ることはなかった。
一瞬、何が起きたのかわからなかった。
さっきまで俺の腕の中に居たはずのナナが、俺の肩に顔を押し当てて声を上げて泣いている。
背中に回されたぬくもりに、自分が抱き締められていることに気づく。
そうして感じたのは、顔に熱が集まる感覚とさっきとは違う音を立て始める心臓の動きだった。
男の俺とは違う柔らかい体つき、ほんのりと香る甘くて優しい匂い。
どれも、ナナが女であることを意識させるには十分だった。
自分の心臓が、ナナにも聞こえてしまってるんじゃないかってくらい大きな音で鳴っているのがわかる。
『っ、………』
だけどそれ以上に俺の服に滲んだ涙が冷たくて、何も言われていないはずなのに責められているような気分になる。
俺がトンパの裏切りを伝えていれば、こんなことにはならかったのだから。
*