第5章 暗闇×過去×甘い罠
トンパに言われるがままに入ったもう一本の通路には、甘い匂いが充満していた。
地面を覆い隠すようにして生えている植物を避けながら走っていると、甘い匂いにあてられたのか少し眩暈がした。
(これが、……イヤシスギ?)
地面や壁一面に張り付いている木の根のようなそれは、決していい物には見えない。
時折ゴンがレオリオさんの名前を呼んではいるが、その姿はどこにも見えない。
それは私の不安をさらに大きくし、そしてトンパへの疑いを増幅させるには十分過ぎるものだった。
無闇に人を疑うことなんてしたくはないけれど、あの人はどこか信用出来ない。
『ニコルっ…!』
クラピカさんの声で視線を前へ向けると、1人の男の人が地面に仰向けに倒れているのが見えた。
私は話したことはないけれど、どうやらクラピカさんの知り合いらしい。
真っ先に駆け寄って行ったのはゴンだった。
『どうしたの…?何があったの!?』
ゴンが声をかけると、ニコルと呼ばれたその人はゆっくりと上半身を起こす。
「へ、へへっ…………ぅへはは、あははははっ」
いきなり壊れた様に笑い出したニコルという人が顔を上げた瞬間、私は思わず目を見開いた。
『っ!!?』
血走った目は焦点が合っておらず、そこからは大量の涙が零れ落ちている。
大きく開いたままの口から溢れる唾液を拭おうともせず、只々笑い続けるその人は誰が見ても正気じゃないとわかるだろう。
『ニコルさん……』
私達が唖然としている中、ニコルさんは覚束無い足取りでゆらりと立ち上がってふらふらと歩き出した。
それでも狂った様な笑い声が止まることはなく、ニコルさんは私達がさっき走って来た道を戻って行き、やがてその姿を消した。
あの人の身に一体何が起きたのか。
どうすればこの短時間であんな風になってしまうのか、今の私には到底分からなった。
こう言う言い方をするのはあまりよくないけれど、私とニコルさんは赤の他人だ。
けれどもし、レオリオさんも彼と同じような状態になっていたとしたら……。
そう考えただけで寒気がした。
『急ごう!レオリオを探すんだ!』
真剣な表情で言うクラピカさんに大きく頷き返して、私達はまた長く暗い通路を走り出した。
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