第3章 私の本丸だ
「我が背子は物な思ひそ事しあらば
火にも水にも我がなけなくに……」
大学で古典を専攻していた友人に付き合って覚えた歌を呟き、立ち上がる。
確か意味は『あなたはどうか悩まないで いざとなったら 火であろうと水であろうと私がいるではありませんか』だったかな?
可能ならあの古典バカと合わせてみたいな。なんて考えながら戸口に向かい、振り返ると「う…んん……」と聞こえ、慌てて部屋を出た。
部屋の戸をそっと閉じて、歩き出すとどこからかもの音が聞こえる。
ズルズルと何かを引きずるような音はどうやら奥の部屋から聞こえるようだ。
鯰尾くん達を呼びに行こうか悩んでいると、音はいつの間にかすすり泣くような声に変わっていた。
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赤く、暑く、辛い、夢を見た。
泣き叫ぶ少女に対し、どこか似た雰囲気を持った優男が“笑顔で”火のついた煙草を押し付ける。
ごめんなさいごめんなさいと泣き叫ぶ少女に対し、とても……とても楽しそうに笑った彼はまた新しい煙草に火をつけた。
目の前のその光景を見守ることしか出来ず、心が軋む。
止めろ…
止めてくれ……
頭を抱えてそううわごとの様に呟いていると、突然目の前に光が降りてきた。
その暖かい光に
縋り付くと意識が浮上した。
目を覚ますと普段とは違う天井に目を細める。
額に違和感を感じ手を当てて確認すると、まだ濡らしたばかりのタオルが乗せられていた。
あの部屋で意識を手放して以降の記憶を呼び戻そうと記憶をたどるが、最初に浮かんだのが泣き叫ぶ事もせず諦めたようにあの男に抱かれる同胞の顔。その後、何も出来ず意識を手放しかけた瞬間に見た黒い服と細い腕。
そんな抽象的なイメージしか浮かばない自分に苛立っていると、枕元に置かれたにぎりめしに気がついた。
警戒しながらにぎりめしを眺めていると、突然縁側に面した障子がスっと開けられ、急須と湯呑みを盆の上に乗せた刀剣男士が現れ目を丸くする。
「ほ、骨喰藤四郎か?」
「あぁ、骨喰藤四郎だ」
同じ本丸に居るのに今更確認する必要も無いだろう。と思われるかもしれないが、僕はこの本丸に来て初めて彼に会ったのだ。
「そうか……お初にお目にかかる、歌仙兼定だ」
そう言って笑いかけると、彼は居心地が悪そうに視線をそらした。
