第8章 在りし日の…
「紬」
中也は横を通り過ぎようとした紬を呼び止め
「ん?何だ……」
「!」
振り返る紬の腕を引き、紬の口に自分の唇を重ねた。
「「……。」」
暫くして離すと、太宰は凄い形相で睨んでおり、紬はキョトンとした顔で中也を見ていた。
「手前は兄に殺されろ」
してやったりと云わんばかりにニヤリと笑ってそれだけ云うと中也は背を向けて歩き去っていった。
「やれやれ。私がこれからどんな目に合うか判っててするんだから意地悪だね中也は」
苦笑混じりでその背中に云うと紬は睨み付けている兄に向かって歩き出す。
兄の元に辿り着いた瞬間に
「っ。」
中也にされた以上の口付けをされる紬。
矢張り抵抗は一切しない。
漸くして解放すると直ぐに口を開く。
「何で避けなかったの?」
「『美女と心中が夢』なのだろう?私じゃ不足らしいじゃないか。」
………。
…相子か。
「にしても血の味がする」と呟いた声を正確に拾う太宰。
「大したことないさ、これ位」
「……。」
ここまでして、漸く二人で通信保管所に向かい出す。
「にしても中也にヤられっぱなしで終わるなんてらしくないね」
「ヤられっぱなし?冗談だろう?きっちり『嫌がらせ』をしてきたとも」
ふふっと笑いながら答える。
「だから遅かったの?」
「そうだね。それもあるけど……」
紬の手が太宰の顔の傷をなぞる。
「芥川君を挑発でもしたのかい?」
「別に?」
「そう。」
短く云うと手を戻す紬。
そして同時にピタリと止まる。
「此処から先は私独りで行ってくるよ」
「私は一足先に外で待っているよ」
お互いの次の行動を知り尽くしているかのように同時に話すとそれぞれの方向に二人は歩いていった。