第5章 ヨコハマ ギャングスタア パラダヰス
「なななな」
「あ、済みません。忘れて下さい。」
困惑する女性に、謝罪する谷崎。
太宰は国木田に引き摺られる様にして隣の部屋に連れて行かれた。
「それで依頼と云うのはですね、我が社のビルヂングの裏手に……最近善からぬ輩が屯している様なんです。」
あ、いただきます。と礼儀正しく紅茶を手にとりながら、太宰の件を無かったことのように普通に話を再開する。
変人慣れしてるのか―――?
などと思う谷崎。
「善からぬ輩ッていうと?」
「分かりません。ですが襤褸をまとって日陰を歩き、聞き慣れない異国語を話す者もいるとか。」
「そいつは密輸業者だろう。」
「!」
国木田が部屋に戻ってきて女性の話に答えを出す。
「軍警がいくら取り締まっても船蟲のように涌いてくる港湾都市の宿業だな。」
「ええ。無法の輩だという証拠さえあれば軍警に掛け合えます。ですから」
「現場を張って証拠を掴めか……。」
フッと短く息を吐き、敦を見やる国木田。
「小僧。お前が行け。」
「へッ!?」
突然話を振られ、驚きの声をあげる敦。
「ただ見張るだけだ。それに、密輸業者は無法者だが大抵は逃げ足だけが取り得の無害な連中――初仕事には丁度良い。」
「でっ、でも」
初仕事とは言え、無法者相手だ。尻込みをする敦。
「谷崎、一緒に行ってやれ。」
「兄様が行くならナオミも随いて行きますわぁ♪」
―――
初仕事―――。
「おい小僧」
緊張しながら準備をする敦に国木田が声を掛ける。
「不運かつ不幸なお前の短い人生に些かの同情が無いでもない。故に、この街で生き残るコツを一つだけ教えてやる。」
そういって1枚の写真を敦に手渡す。
「こいつには遭うな。遭ったら逃げろ。」
その写真には1人の男が写っていた。
「この人は――?」
「マフィアだよ。」
突然、左側からひょっこり現れた太宰がさらりと物騒な事を述べる。
「尤も、他に呼びようがないからそう呼んでるだけなんだけどね。」
「港を縄張りにする兇悪なポートマフィアの狗だ。名は芥川。」
敦が話を聴いてると今度はひょこっと紬が出てきて敦の手の中にある写真を覗く。