第39章 復職
紬は中也によってソファに寝かされていた。
泣き疲れて眠ってしまったと云うよりは、漸く気持ちの整理が着いて意識が落ちた、と解釈した。
お得意の作り笑顔が保てねぇ位には弱っていたしな。
白のブラウスに黒のボトムという前と変わり映えのない格好。先日会ったときはこの上からベージュのコートを羽織っていたが昨日の時点でそれは無かった。
寒いだろうと中也が仮眠室から持ってきた毛布を掛けると、直ぐにモゾモゾと動きだして毛布にくるまり、再びすぅすぅと寝息を立てる。
そんな紬を見て自覚があるかは定かではないが微笑むと、中也は机に戻って書類をさばきながら先刻送られてきた「迷惑メール」について思い出していた。
宛先人不明の電子メールにはたった一行
『紬をお願い』
それだけが書かれていた。
それだけで、判った。
送り主、太宰治の推測の内にも「紬のマフィア復帰」が存在していたのだろう。
傍に居なくても互いの事を一番理解している兄妹だ。何の連絡も取り合わなかったとしてもこの程度の事を云ってのける2人については何の不思議も疑問も抱かなかった。
抱くとしたら自分に『お願い』と云ってきた事についてだ。
あれほど紬に近付く異性を牽制してきた(相棒関係にあった俺だって例外ではない)男が。
先日会った時でさえ「早く諦めろ」と云っていた男が『お願い』してくる程だ。状況は最悪なのだろう。
死ぬ気じゃねーかと思って『いいのか?もう手前には返さねーよ』と送ったら返事は直ぐに返ってきた。
『上等だよ。そうなっても絶対に奪い返す』
つまるところ、兄も妹も諦めてはいないのだ。
最悪の選択をして離れたとしても。
譬え、正反対の立場に立とうともーーー。
だったら俺に連絡せず直接紬に連絡入れろよ!
込み上げてきた怒りでハッとし、仕事の手を動かし始める。
この兄妹には誰も立ち入れられない領域がある。
2人と相棒をしていた中也は、その事を一番よく理解していた。
それでも構わないと思うようになったのは一体、何時からだったかーーー
全く集中できずに、一服と称して煙草に火を付ける。
そして、ふと時計を見ると針は午後7時を指そうとしていた。
「……。」
何かを少し考えた後、中也は立ち上がり外套と帽子を手に取った。