第38章 悲劇なる日曜日
ある部屋の前で中也は止まった。
コンコンコンッ……
『這入れ』
叩敲に応じる声を確りと聞き終えて中也は扉を開けた。
「姐さん。連れてきました」
仕事をしていたらしい尾崎は、手を止めて顔を上げた。
「先日振りじゃのぅ紬」
「そうですね」
ニコッと笑って答える紬に「はァ?」と声を上げたのは中也だった。
「そう云やァ先刻も茶菓子が如何のっつってたな。何時の間に会ったんだよ?」
「うん?中也が乱歩さんの挑発に乗って面倒な目に遭ってた時かな」
「あー彼の時か………って。一寸待てや。何で手前がンな事まで知ってンだよ!?」
「やだなー中也。探偵社とマフィアの全面対立だったんだよ?寧ろ、私がなーんにも知らないと思った理由を教えて欲しいくらいだけど?」
ニマニマしながら云う紬にぐぬぬ…と言葉を返せない中也。
其れを見てやれやれ、と息を吐いた尾崎紅葉。
仕事のために仕えていた数人の黒尽く目の男達に離席するように指示を出すと自身も立ち上がり、ソファに移動する。
「中也や。其方も、ちと席を外して呉れぬかえ?」
「判りました」
脱帽して一礼すると、未だ退室に至っていなかった黒服に「行くぞ」と声を掛けた。
黒服の男達は「えっ!?」と驚いた顔をしたが、五大幹部の2人からの命令だ。大人しく従う。
パタンと扉が閉まるのを見届けてから、紅葉は何時の間にやら用意していたお茶セットを扱いながら口を開いた。
「……矢張り戻ってきたんじゃな」
「ええ」
紬は先刻、首領から受け取った紙を紅葉に見せた。
「早速仕事か。逃げ道を断つ心算じゃな」
「うふふ。そのようです。抑も、首領の予定では治が離反した際、私は『残留する筈だった』」
「!」
紙を紬に返す手を思わず止めてしまう紅葉。
紬は続ける。
「姐さんも御存じの通り、私の異能は表で生きていくには不便過ぎる。それは『離反する兄の意志の妨げに為りうる』ーーー恐らく、首領はそう考えていた」
「じゃあ何じゃ。だから席を空けたままに……遅かれ早かれ戻ってくると踏んでおったということかえ?」
紬は苦笑して頷いた。