第36章 回向 其の弐・参
横浜市内―――某喫茶処
二大組織の敵の頭であるドストエフスキーは席を立って移動しはじめた。
そして、
「やァ 善い喫茶処だね」
何気なく向いた先に座っていた人物に声を掛けられ、驚愕の表情を見せる。
話し掛けたのは、
此処に居る筈のない人物―――太宰治だった。
「流石に驚いた顔だ。「何故此処が判ったのか」そうききたいのだろう?」
「実際……極限下の一手だったよ。だがかの『魔人』を欺くには並の手では足りないと判っていた」
その太宰の席には、もう一人別の誰かが座っていた。
「これが……私の一手だ」
「久しいな《鼠》」
新聞を広げたまま、ドストエフスキーに向かって挨拶を述べたのは
嘗て闘った『組合』の長、フィッツジェラルドだった。
「……あぁ素晴らしい『神の目』ですね……?」
「そうだ。街中の監視映像を統合する無謬の眼。その力で此処を見付け出した。君が潜窟に気を取られている隙にね」
『神の目』―――映像の外にいる対象すら精度、97%で割り出せる人物識別システムのことだ。
探偵社との闘いに敗れた後に、フィッツジェラルドが新たに手に入れた活動拠点の新技術である。
「力を借りる条件は「君達が掠め取った組合の隠し資産を取り戻す事」」
「手放した金に興味はないが《鼠》に盗まれたままでは小癪でな」
珈琲を飲みながらフィッツジェラルドが話す。
バッ!!
「!」
そして、喫茶処の雰囲気とは打って変わって。
武装した連中が一斉にドストエフスキーを取り囲んだ。
「後は我々が引き受けましょう 太宰君」
現れたのは異能特務課の職員、坂口安吾。
ドストエフスキーは膝を折り、両の手を頭に当てて無抵抗を示す。
そんな魔人に手錠を嵌めるべく、防護服を纏った武装兵が魔人の手を握った。
「待て、!其奴に触れるな!」
警告。しかし、武装兵は防護服内で血を吐きーーー
「死んだ」
動かなくなった。
他の連中が一斉に銃を構える。
「妙な動きがあれば即射殺します」
「ええ 行きましょう」
ドストエフスキーは素直に従って、去っていった。
「探偵屋、奴の異能が判るか?」
「……。」
その背中を見届けながらフィッツジェラルドが太宰に問う。
「いや……」
険しい顔のまま、太宰はそれだけ答えた。