第35章 回向 其の壱
「おい、太宰」
それを黙って見送って、国木田は太宰に問う。
「なに?」
「紬はお前が提示した条件の何れを破る気だったんだ?真逆、三番目じゃないだろうな?」
「何故そう思うんだい?」
紬の去っていった方向から国木田の方に視点を変える。
「何時もと様子が違うだろう」
「ああ、そうか。国木田君たちにとっては『そう』だね」
「?」
太宰の言葉に首を傾げる。
が、太宰はその事を解決する気はないのか言葉を続けた。
「一番目だよ。私の振りをすること」
「は?」
「私に化ければ有事の際に、『私』が狙われる」
「!」
国木田がハッとする。
「国木田君。紬が私を扶ける目的以外で私に成り済ました所を見たことはあるかい?」
「……。」
無い。
そんなこと、今まで一度も無いのだ。
「私が数多く関わってきた女性ですら、私に『異常』に執着している人でしか成り済まして切り捨てたりしないほどに、紬は私想いだ」
「今回は違うと?」
「間違いなくね。『私』が行動すればするほど危険が高まる」
「……。」
相手は太宰と同じ程に頭がキレる上に、残忍残酷だ。
邪魔であることは間違いない。
「でも、それでいいのだよ」
「何……?」
危険であることが判っているのに太宰は笑顔だ。
理由など、唯1つだった。
「紬が無事ならそれで善い」
国木田はそれ以上、何も訊かずに自分のやるべきことに集中しはじめた。