第35章 回向 其の壱
―――
敵潜窟に着き、二人を送り出してそう時間が経っていない頃……。
「治」
「ん?如何した?」
紬は操作していたパソコンを閉じて立ち上がった。
その行動に国木田も疑問符を浮かべている。
「帰る」
「はあ!?」
唐突すぎる言葉。
その言葉に、当然ながら国木田が声を上げる。
「……。」
が、紬の世界には自らが話し掛けた兄しか居ないようだ。
「この非常時に何を云っている!?」
一切、国木田に反応することなく兄の方を向いて返事を待つ。
「何を見付けたの?」
「『ポートマフィア』に所属と思わしき男の死体」
「……。」
国木田と違って太宰は何時も通りに紬と会話をしている。
「別行動の方がいい。選択肢も増える」
「……。」
口許に手を当てて何かを考える太宰。
そして、眉間に皺を寄せて紬に云った。
「壱 私に扮装すること
弐 直ぐに連絡が取れる状況にあること
参 行方を眩まさないこと」
「……守らなかったら?」
太宰の顔が笑顔から紬と同じ表情になる。
「抑も、守る気がないなら独りでの行動なんて許さない」
兄の言葉を受けてひと息吐き
コツンと兄の額に自分の額を当てる。
そして、
「約束する」
紬は本日はじめて笑って云って、去っていった。