第34章 共喰い 其の肆
「治も魔人も。考えが甘いよ」
「そう?」
口に出してなどいないのに紬が太宰の思考を遮った。
紬は笑っている。
先刻からの表情……。
もう少し遡れば、先日の様子が可笑しかった時からは想像できない程に何時もの紬だ。
「私が、他人が治を傷付けることを許容するわけ無いだろう?」
「……。」
太宰は一瞬、ポカンとして。
直ぐに紬の口を塞いだ。
否、塞ごうとした。
「他の女とシたでしょ。許すわけないじゃないか」
「……………。」
急に不機嫌な目で太宰を睨む紬。
あと少し紬の到着が遅かったら―――。
「おや、お見舞いに来てあげたと云うのに私のせいか。迷惑だったなんて知らなかった。帰ろう」
「ゴメンナサイ」
ギュッと紬を抱き留める手の力を込める。
その行動をクスクス笑って、太宰の頬に軽く口付けた。
「怒ってる」
「……魔人との逢引きのこと、私も怒ってるんだけど」
「へぇー。じゃあお互いの怒りを天秤に掛けるかい?結果次第じゃ家出するけど」
「ゴメンナサイ」
太宰は素直に敗けを認めた。
その言葉を聞いて紬はベッドに横になる。
自分に背を向けているものの、紬が傍に居ることを決めた事に太宰は安堵して上体を起こした。
「話の途中だった」
看護師によって強制的に切られた電話を繋ぎ直して、太宰は谷崎と話し始めた。
「夏目先生は探偵社設立の後楯となった伝説の異能者だ。神出鬼没で所在不明。その異能力すら不明だけど……一説には万物を見抜く最強の異能者だとか」
「……。」
太宰のベッドに横になったまま、目を閉じて谷崎との会話を聞いている紬。
そんな時、ふと現れた気配に目を開ける。
一番に目に入ったのは窓の景色。
猫?―――この猫、何処かで………
窓の外で此方を窺っているかの様に立ち止まった猫だった。
「あの……だ 太宰様?」
しかし視覚とは異なり、一番に耳に入った音は扉の開閉音と女性の声だった。