第34章 共喰い 其の肆
寝巻姿の人間や、白衣の姿の人達が行き交う廊下を紬は外套に手を突っ込んで歩いていた。
目的の部屋の直ぐ傍まで来て、その歩みを止める。
「………。」
顔を赤らめた一人の看護師が今、正に向かおうとしている病室から出てきたのだ。
此方に気付かないほどに俯いて小走りで来たため、
止まっている紬に正面からぶつかる。
「すっ…すみませんっ………!?」
看護師は早口で謝罪だけ述べて、素早く立ち去ろうとしたが、紬の顔を見てそれを止めた。
「いえ。お怪我は無いです?」
「あ、はいッ……あ…太宰様のご親族の方ですか?」
太宰『様』…ね。
紬は一瞬だけ。
相手に悟られない程の一瞬だけ無表情になり、直ぐに笑顔をつくって肯定した。
「兄がお世話になっております」
「妹さん…!」
では、失礼します。そう挨拶だけして紬は病院へと向かった。
カラカラ、と。
スライド式の扉を開けて入室する。
入って直ぐに視界に入るのは窓の外を見ていた兄の姿だ。
「はぁ…何か忘れ物でも――………!」
今し方、出ていった筈なのに。
そう云わんばかりにうんざりした顔を作り、何の合図もなしに入室があったことに溜め息を着きながら扉の方を振り返った。
そして、思っていた人物ではない人間が視界に入り固まる。
「忘れ物、ねぇ」
鼻でハッと笑いながら傍によって来たのは
居る筈の場所には『不在』だと云われた人物―――。
「違っ紬!此れには理由が…!」
「聞く気など無いよ―――『兄さん』」
「!」
カッ!
少しだけ目を開いて。
冷たい声で告げた紬を一瞬でベッドに押し倒した。
その太宰の表情も『冷』。
紬に跨がり、右手で紬の左手首を。
左手は紬の首を絞めている。
「『兄さん』?本気で云っているの?」
淡々と。
吐き捨てるように云って左手に力を込める。
紬は流石に苦しいのか眉間に皺こそ寄っているものの一切の抵抗を見せない。
徐々に込める力を強めていたが
「……そういうこと」
何かに気付いたのか。
或いは、先刻の答えが導かれたのか。
独りで納得した旨を呟くように云って、
漸く紬の首絞めを止めた。