第20章 若し今日この荷物を降ろして善いのなら
紬がポツリと告げる。
「理由は」
「理由の1つとして考えられるのは私が善人に為るにはまだまだ時間不足の様です」
ふぅと息を吐きながら答える。
「2つ目は?」
「……。」
態々、『理由の1つ』と云い置いた事を福沢が引っ掛からない訳がない。
「治の考えていることが本当に判らないことが増えたんですよ」
少し泣きそうな。
困ったように紬は云った。
「自分の意志で探偵社に居ないことを咎められるのは構いませんが私は治の居ない場所に行く気は有りません」
「どんな理由であれ試験を合格し、入社した。それを咎める気は無い。しかし、太宰が居ない状態のお前は『危うい』」
「自覚してます」
苦笑しながら福沢を見る。
「治が私を傍に置いている理由は訊いてます?」
「否…」
大切な妹だからではないのか――?
「抑も、私の『終焉想歌』は触れただけで人を殺す異能なんです」
「!?」
福沢が思わず眉をひそめる。
「無差別に人を殺し掛けたりして……幼少の頃は本当に酷かった」
今は制御出来ますけどね、と付け加える。
「成る程。故に太宰が傍に居たのか」
「そうです。私が何も考えずに一緒に居られるのは治だけだった」
「……。」
危ういと思わせる程、兄に依存している理由。
その理由が此れ程までに重たいものだったとは。
「大事な場面で治と意見が噛み合わなくなるのもそう遠い未来の話では無いかもしれない。そうなればきっと困るのは私よりも探偵社でしょうね……立ち位置が違えば私は――………」
もう話すことはないのか、くるりと踵を反す紬。
「何処へ行く」
「少し頭を冷やしてきます。すみません。下らない兄妹喧嘩に巻き込んで」
軽く頭を下げると社長は敦くん達の元へ、と告げる。
そうして紬は歩き去っていった。
「……。」
組合の脅威から街を救った敦と鏡花の元へ向かう。
その二人を迎えるように他の探偵社員も集まって無事に戦争は終結した。
しかし、そこに紬の姿は無かった―――。