第19章 天の海をゆく白鯨のありて
そして出ていく積もりで開けていた入り口扉を閉めて安吾の方に戻ってくる。
「なかなか善い点に気付いたねえ、安吾」
「矢張り貴方の仕業ですか。……如何やって?」
「ふふっ。なに。簡単なことだよ」
笑ってそう言うと髪を引っ張った。
「!?」
短い髪のウィッグから出てきた、少し長い髪。
「ただ触れただけさ」
そう言った人物に驚きを隠せない。
「……真逆……前回の太宰君も本当は貴女だったんですか?……紬さん」
「ふふっ」
いつも通りの声で愉快そうに笑うと紬は再び椅子に腰かけた。
「愚問でしたね……貴女が危険な目に遭うかもしれない場所に太宰君を行かせる筈がない」
「それもそうだけど治と君を会わせたくなかっただけだよ」
再びバスケットから適当に見繕うと食べ始める。
「……今までどちらに?貴女は経歴を洗浄し始めてすぐに行方不明になったと伺ってましたが」
「今更な事を訊くんだね。まあ君達の監視下に居るのも癪だし姿を眩ましたとだけ云っておこうかな」
ニッコリ笑ってそう言うと立ち上がる。
そして
「私はね、安吾。君が嫌いなのだよ。理由は君が一番判っていると思うけれどね」
ハッキリと告げる紬から目を離さない安吾。
「……そう云うことですか」
安吾がその言葉を聞いて目を伏せた。
「組合に私達を襲わせたのは貴女ですね?」
「さあね」
ふふっと笑うとウィッグを着け直し、立ち上がって今度こそ入り口へと向かう。
「私は治の描いたシナリオから外れた行動をとる気は無いけれど、加減具合まで従う気はないからね。これも知っていると思うけど」
「相変わらず太宰君の敵に対して容赦ないですね」
「そんなことないさ。現に安吾は生きているじゃあないか」
「……。」
扉から半分でながら振り返る。
そして
「またね安吾。与謝野さんが来るまで精々、お大事に」
ニッコリ笑って去っていった。
シン……
急に静まった病室。
「『対黒』は未だ健在のようですね」
はあ。と溜め息混じりで呟いた言葉だけが部屋に響いた。