第19章 天の海をゆく白鯨のありて
~♪
鼻唄を歌いながら意気揚々と歩く太宰。
右手には花束、左手には果物の入ったバスケット。
行き先は病院だ。
目的の部屋の前に着くと、ノックもせずに勢いよくドアを開けた。
ばんっ
「ハァイ 安吾!元気かい?」
満面な笑みで部屋の主に問う。
頭は包帯でぐるぐる巻き。首と右足にはギブスをはめてベッドに座っているのは異能特務課の職員、坂口安吾だ。
「素敵な格好だねぇ。今日は善い話を持ってきたよ!組合の車攻撃で負ったその怪我、探偵社で治療しよう!与謝野さんの治癒能力ならピカピカの新品に戻れるよ!」
「……で、その見返りは?」
「見返り?真逆!特務課と探偵社は何時だって相互に扶け合って来たじゃあないか」
笑顔を崩さぬまま云うと、椅子に腰かける太宰。
「成る程……「だから今回の戦争を特務課も手伝え」と?」
眼鏡を掛けながら話を続ける安吾。
「そう聞こえたならそうかも知れないね。実は……探偵社員が一人軍警に捕まっている。組合との最終決戦の前に彼女を助けたい」
「あぁ……"35人殺し"ですか。彼女は危険異能者を隔離する無人機にて拘束中と聞きましたが」
太宰が自分で持ってきた果物…イチゴを頬張り始める。
「ああ。だから特務課に手を回して貰いたくってね。出来るだろう?」
「確かに特務課なら超法規的な司法取引による免責も可能です……その少女が本当に探偵社員ならば ですが」
安吾の眉間に皺が寄る。
「殺人は殺人。確かに特務課と探偵社は協力関係にあります。しかし社員でも無い人間、しかも大量殺人犯に特赦を与えるのは僕の権限では不可能です。……他の援助、例えば対組合作戦支援なら喜んでいたしましょう」
「そうかい……また来るよ」
わかりきった返答だったのか。
太宰はため息を着くと立ち上がって入り口へ向かう。
「太宰君」
呼び止められてピタリと動きを止める。
「治療と引き換えに協力する「取引」確かに受諾しました。だから一つ教えて下さい」
黙って安吾の質問を聞いている。
「正体不明の車に突っ込まれた時、何故か僕の席の緩衝嚢だけ開かなかったんですが……理由をご存じありませんかねぇ?」
その質問を聞き終わると、ゆっくりと安吾の方を向いてニヤリと笑った。