第17章 沈黙の塔、鴉の宴
「私は反対した。非合法組織との共同戦線など社の指針に反する。だがそれは、マフィアに何度も撃たれ斬られ拐かされた者から為された提案だ。言葉の重みが違う。故に組織の長として耳を傾けざるを得なかった」
「お互い苦労の絶えん立場ですな」
笑いながら応じる。
「結論を云う。同盟はならずとも『一時的な停戦』を申し入れたい」
「……」
福沢の言葉に少し考え
「興味深い提案だ」
「理由を云う。まず第一に――」
「T・シェリングを読まれたことは?」
福沢の言葉を遮るように今度は森が話始める。
「……何?」
「J・ナッシュにH・キッシンジャーは?」
森の質問に福沢の言葉が詰まる。
「「孰れも戦争戦略論の研究家ですね」」
福沢を挟むように立つ太宰兄妹が同時に口を挟む。
「「昔、誰かさんに教え込まれた」」
この小声は聴こえはしなかっただろう。
「……孫子なら読むが」
両隣の太宰に返事をしながら森に視線を戻す。
「国家戦争と我々のような非合法組織の戦争には共通点があります。協定違反をしても罰するものが居ない。停戦の約束をマフィアが破ったら?探偵社が裏切ったら?損をするのは停戦協定を信じた方のみ。先に裏切ったほうが利益を得る状況下では限定的停戦は成立しない。あるとすれば完全な協調だが―――」
「「それも有り得ない」」
判りきっていた事のように笑いながら答えるのは矢張り、太宰兄妹。
「その通り。マフィアは面子と恩讐の組織。部下には探偵社に面目を潰された者も多いからねぇ」
「私の部下も何度も殺されかけているが?」
「だが死んでいない。マフィアとして恥ずべき限りだ」
「……ふむ。ではこうするのは如何だ?」
福沢が帯刀した柄に手を置く
「今 此処で凡ての過去を清算する」
場を一瞬で福沢の殺気が包んだ。
「……紬の云う通りか」
「判りきった事だろう。相手が相手だからね」
二人ならんで腰掛ける。
この展開も予想済みだったようだ。
「それに私も社長の実力を観てみたい」
ポートマフィアに楯突く小規模組織「武装探偵社」。
その組織の長、福沢諭吉……ね。
紬が黙り込む。
「何を考えてる?」
「何も。強いて云えば治が付いていくに値するか見てる」
「そう」
それだけ聞くと太宰も視線を福沢に戻した。