第6章 空の青さを知れど海の蒼さを知らず
「ダンゾウをここに呼ぶ事は出来ん。今のところアンタとダンゾウを会わせるつもりはない。それより幾つか尋ねたい事がある」
綱手に言われて伊草は髭を撫でた。
「答えられる事は何でも答えるえ。答えられん事には答えとうても答えられんがの」
呑気な伊草に綱手は思わず苦笑した。
「そりゃそうだろうな。しかし答えられる事なら漏れなく答えて貰わねばならん。事によればアンタを草に送り返さなければならなくなる」
「ありゃ。それはいかぬ。それは困る。わちはもう草に戻る気はないんだがの、もし」
どんぐり眼をきょときょとと動かし、伊草は往生したように三人を眺め回した。が、綱手は厳しい表情を崩さないし、自来也は肩をすくめて助け舟を出す気がない様子、波平に至っては窓表をぼんやり眺めたまま、伊草を見返りもしない。
「何を聞きたいんえ。さっきも言うたが、答えられん事には答えられんのよ?」
「螺鈿とは杏可也の事だな?」
「そうですよ」
綱手の問いに、伊草ではなく波平が答えた。
「螺鈿は彼女の生母の名。ご存知でしょう」
腕組みして表を見たまま、淡々と言う波平に綱手の視線が移った。
「杏可也は螺鈿を名乗って草で何をしている」
「磯を作り直そうとしているんですよ。螺鈿の名も最早必要ないでしょう。ここからは杏可也の名で用は足りる。螺鈿として出来る事はもう果たしたでしょうし、何より微細ながら木の葉や砂に関わる私が正味を知った以上螺鈿の名を騙る意味がなくなった筈」
「寄りに依って草か」
磯で草は禁忌の扱いである事を知る綱手は、眉をひそめて解せない顔をした。
「何故杏可也が…」
「さあ。私は姉ではありませんのでね。彼女の全てを具に語る事は出来ません」
突き放した物言いをして、波平は浅く息を吐いた。
「草で何が起きているのか、草から出て草を捨てたと木の葉に頼るつもりならば、尋ねられた事には答えるのが筋。それがまた己を証立てる事になりましょう。違いますか、翆殿」
「磯辺は主に裁定を仰げと言うたが」
伊草は室の誰とも目を合わせない波平を困ったように見て、ふぅんと唸った。
「こりゃ磯辺の読み違いかの。磯影は思うたより器がちっこいらしい。ま、いいわ。わちはここで磯辺を待たせて貰う」
「おいおい」
独り決めする伊草に自来也が笑う。
「そりゃお前さんが決めるこっちゃないわい」