第6章 空の青さを知れど海の蒼さを知らず
綱手が難しい顔をしたのと裏腹に、自来也がほうと眉間を開いた。
「お前さんが草の重鎮だとすりゃ話は早い。為蛍に変わった兄貴がある話は聞いた事があるな。確か趣味が…」
「女装」
互いが互いを指差しあった自来也と伊草の声が重なる。
伊草は情けなさそうに汚れた我の汚れたむさ苦しい着衣を見下ろした。
「磯辺に言われてこんな格好で出て来てしもうたが、矢張り正装するべきだったかいのう…。頭も刈られてしもうて、全く情けないばかりだえな、もし」
「…そういうあなたの正装と言う事は、その…」
好奇の目を辛うじての礼節から伏せ、波平が言いかける。
「うん。美しいものよ。わちは草でも一二の衣裳持ち、とっときは錦糸銀糸があしらわれた絹地のそりゃあもう綺羅びやかな…」
目を輝かせた伊草を呆れ顔の自来也がすかさず遮った。
「そんなモン着て里抜けなんか出来るか。何考えてとんじゃ、お前さんは」
「うん。磯辺にもそう言われた。わちゃあの着物らとの別れが辛うて辛うて、今思っても涙が出やるわ」
「牡蠣殻がお前さんよりゃ常識があって良かったの」
「わちもそう思う」
「女装が好きなら後で私の衣裳を譲る。今はそんなこたどうだっていいんだ。翆、お前が確かに翆伊草という事を証立ててみろ」
綱手に言われて伊草はきょとんとした。
「ふぅん、証立ての…」
暫し思案しながら右に左に、首を傾げる。
「してもいいが、あまり都合いいとは言えんかも知れんよ?」
「何だ?いいから言ってみろ」
「ならばダンゾウを呼んでくれんかの、もし」
また室がしんとなる。
「わちは薬の取り引きにゃ滅多に出張らん。余程の相手じゃない限り。わちを証立てるにゃわちを見知っとる相手じゃなくば意味がなかろ?しかし今のわちを見てダンゾウがわちをわちと思うかどうか…」
「ダンゾウと取り引き?」
綱手の声が尖る。
「それはどういう類の…」
「変わった血の手に入る当てがあるよって取り引きせんかともちかけられた」
「牡蠣殻の事ですかね」
すっと割って入った波平に伊草は頷いた。
「今思えばそういう事じゃろなと思うが、実際は一度会うたきり、話は立ち消えてしもうたから何とも言えん」
「砂に横取りされましたからね」
牡蠣殻の価値は砂へ手出しする程のものではないと判断されたのだろう。
波平はまた暗い窓表を見やった。