第6章 空の青さを知れど海の蒼さを知らず
綱手は卓に腰掛けた自来也を見上げて綺麗な唇をくっと引き上げた。気を許した相手にだけ向ける悪戯する童子のような、それでいて艶やかな笑みに、自来也は口を開けて見惚れかけて、ギュッと笑い返した。
「その顔は反則じゃぜ」
「あん?何を言ってるんだ、お前は」
自来也の笑みに向ける綱手の顔は早火影の面立ち。
無意識なら尚反則じゃ。
自来也は頭を掻いて口をへの字にひん曲げた。波平に渋々向き直り、らしくもなく分別臭く言い含める。
「お前さんは木の葉に恩があると言うが、木の葉にしても役に立たない他里の者を矢鱈に引き受ける程人好しでもない。まあ相身互いと思って、ここはもう一度綱手に下駄を預けてみちゃどうだ?」
「お言葉ですが…」
「お言葉だと思うなら黙って聞け。磯は逃げ隠れに秀でた里かも知らんが、賞金首を抱えて動き回る程腕自慢じゃあるまい」
「あなたには関わりない話です」
波平の顔から表情が消える。自来也は構わず畳み掛けた。
「牡蠣殻ひとりの為に無理な移動を続けるのは里の負担にしかならんぜ?牡蠣殻はそれで委細構わぬようなヤツなのか」
「牡蠣殻は磯の者です。同じ里人を守る為ならば、磯は出来る事を惜しまない」
「牡蠣殻はもう磯人じゃないんだ。磯の矜持が牡蠣殻の負担にならないと思うか、波平」
綱手の声が低くなった。
「狭窄しているぞ。頭を冷やせ」
「あのな、牡蠣殻の知り人ならわかっとろ?そんな事になったらありゃ即座に失せよるぞい。何せ功者だものよ。…逃さぬ手立てがない訳じゃないがの、封じるのは難儀だえ」
伊草が気の毒そうに、だが探るような意味有りげな物言いで波平に話しかけた。
「磯影殿よ。主ゃ螺鈿とは似た者姉弟かの?だとすりゃどうでも牡蠣殻は預けられんわいな。鮫に食われた方が良い」
「私は親の名を騙らぬし鮫は大嫌いだ」
眼鏡を外して波平は切れ長の半眼で伊草に流し目をくれた。思わぬ色気に伊草が瞬きする。
「矢張りあなたは草人ですね。牡蠣殻の話を聞かせて下さい。聞いておりませんか?牡蠣殻は私に会いに来ると言っていた。牡蠣殻を信じるのならば私も同じように信じて下さって結構。あれと私は長い付き合い、兄妹のように親しく育った仲ですから」
「そりゃ螺鈿も変わりなかろうよ」