第5章 葛藤
牡蠣殻は暫し茫洋とサソリを眺め、グルリと面を巡らせた。
既に幾つもの吹き矢が風に巻かれて失せている。三人の戦意の喪失は明らかだった。
化け物と、三人の内の誰からともなく声が上がる。こうして怯えている様を見れば農家の小倅にしか思えないし、実際にそうした身上だろう。何かに目が眩んでトチ狂った、目的以外に明確な悪気を持たない市井の者。
不意にサソリの頭が冷えた。目から好奇の色が落ちて、芯から詰まらなくなる。
身の程知らずの馬鹿が。
ヒルコを展開して臨戦態勢に入る。
下らねえ。消えろ。
長い尾をビュッと振り矯めた。
刹那、牡蠣殻の片腕が上がった。斜め下へ切り裂くように下り、真横に振り抜かれる。
「……ッ」
袷が大きく靡いて、牡蠣殻から吹き出た風が割れた。
太い風、妙な話だが、確かに太い風に打たれてヒルコの尾がバキリと鳴り、それから分かれて走った生温かい風が得物を垂らして寄り添っていた三人を激しく吹き晒して、消す。
血飛沫が上がった。
「…クソッタレ…」
バ牡蠣殻。つくづく癇に障る…。
風の名残に漂う血の匂いを消えた三人のものと決め付けて流しかけたサソリは、目の前に倒れ込んだ牡蠣殻の脇腹から血溜まりが湧いているのを見止めて口角を下げた。
錆びついたクナイが落ちている。
消える間際に三人の内、誰かが放ったものだろう。サソリは用心深くそれを拾い上げて、スンと匂いを嗅いだ。
血と鉄に混じって、微かに枯草を焚いたような焦げ臭さ。腐りかけた桃の様な異臭が香った。
…附子……?…いや…
サソリは牡蠣殻の傍らに膝をつき、その口元に鼻を寄せる。
同じ、近し過ぎる匂いがした。
「…どういう事だ…」
草の秘薬?アイツら草の者か?違うだろ。
金持ちで見栄張り草のヤツならもっと気取った格好をしてる筈だし、第一お高く止まったアイツらがこんな場所を彷徨くとも思えねえ。
連中が決め込んでたか?その移り香…?それにしちゃアイツらァ肝が小さ過ぎだ。草の薬が決まりゃあんなモンじゃねえ。
まさかクナイに塗ったのか?しかしクナイに麻薬を塗って何になる?眠薬か痺れ薬の代わりになるのか。いや、なら眠薬と痺れ薬をまんま使やいい話だ。わざわざ高価で手に入り辛い麻薬を使うこたねえ。そもそもあんな連中が簡単に手に入れられるモンじゃねえだろ。
何処で、どうやって手に入れた?