第5章 葛藤
考え込みながら懐から出した油紙にクナイを丁寧に包み、牡蠣殻を見た。
傷は浅そうだが、何しろコイツは出血が止まらない厄介な体の持ち主だ。
常に牡蠣殻の腰に巻かれている鞄を開け、中を探る。
すぐに小袋に詰まった薄緑色の薬包が見つかった。
血を止める薬だろう。牡蠣殻がそういう薬を携帯しているらしいと、磯の散開に纏わる任務で牡蠣殻と行動を共にした事のある飛段が漏らしたのを覚えていたのだが、案の定だ。
二包抜き出し、ひとつは自分の懐に入れる。
クナイに塗られたものがサソリの予測通りとすれば牡蠣殻にもう用はないと思ったが気を変えた。
牡蠣殻自身が毒である事を、煩わしさと慣れによる思考の鈍化で看過するところだった。いや、看過したかったと言うべきかも知れない。
先程までの何処か浮かれた気持ちはほぼ霧散している。今の仕様もない襲撃ですっかり頭が冷えてしまった。
…面倒くせぇな……。
前言撤回。牡蠣殻は特に嫌いだ。嫌いだが利用価値は見過ごせない。
だから余計に腹が立つ。
「どこまでも忌々しい…」
血溜まりを作って仰臥する牡蠣殻を半ば以上本気でこれで死んでくれりゃ反って諦めも付くのにと思いながら見やり、顔をしかめる。
「…面白くもねえ。長ぇ冬になりそうだな」