第5章 葛藤
興味深いのは三人の狙いが牡蠣殻であるらしい事だ。
完全にサソリを無視して牡蠣殻に集中する三人をサソリは具に観察した。
連中の得物を見る限り、目的は生け捕りに思われる。頭らしい中心の男は吹き矢、左右の男は手に猫手を着け、殺傷力の低い仕込刀のような細身の刀を構えている。猫手に何らかの薬が塗られているだろう事は容易に想像出来る。
しかし阿呆かコイツらは。
牡蠣殻にのみ集中する三人にサソリは笑った。
よしんば牡蠣殻を眠らせたとして、その後コイツらはサソリを相手にしなければならない。一人で国を落としたサソリを。
大体何だって"今は"コイツの連れらしく見えるだろう俺を見過ごす?俺が手出ししたらどうすんだ、馬鹿が。いや、この馬鹿を足止めする事しか頭にねえのか、コイツらは。お粗末過ぎて話にもならねえな。
三人が陣形を変えて三点からサソリと牡蠣殻を囲んだ。サソリは眉をひそめて溜め息を吐いた。
俺を知らねえってなら賞金稼ぎじゃねえな。山賊崩れか食い詰めたチンピラみたようなもんか。
けどそんな連中が牡蠣殻に何の用だ?
ここ七日程、傀儡の材を求めてあちこちの山を嫌々歩いていたサソリは世事に疎くなっていた。
いつも張り巡らせている情報の網に掛かった獲物は、今サソリの帰りを待って重たく垂れ下がっている。が、サソリはそれをまだ知らない。
何をやらかした、この馬鹿は。
汚れた膏薬、煤けた着衣、髷から解れた後れ毛が、自我を感じさせない黒目と相俟って牡蠣殻を剣呑に現している。
牡蠣殻という馬鹿を知っていれば、彼女が剣呑に見えるなどとはお笑い草、違和感を感じざろう得ない。
サソリはしかめ面で牡蠣殻から目を反らし、辺りを見回した。
野宿は好かない。暗い山道を歩くのも厭だ。
「…おい。やるならさっさと片付けろよ」
牡蠣殻が初めてサソリを顧みた。
途端に飛んできた吹き矢が敢え無く風に巻かれて消えた。
…これが功者か。
鼻を鳴らして眉をひそめる。
何のこたァねえ。手妻じゃねえか。手温い。
面倒事は早く仕舞いにしろ。俺はオメェに義理はねえんだ。グズグズすんならテメェも含めて皆殺るぞ。
俺は気が長え質じゃねえ。どっかの鮫とは違う。
「半端は止せ。日が暮れる」
異様な目を見返してサソリはヒルコの尾を鳴らした。
「手は貸さねえぞ。俺の知ったこっちゃねえ。テメェで片付けろ」