第5章 葛藤
最初の一手で相手の程が知れる。
煩わしいが、今のサソリはいつになく、ややご機嫌だ。ご機嫌でありながら苛立ってもいる。
矛盾するフラストレーションをぶつけられる相手がのこのこと現れるのならば、何の異論もない。むしろ歓迎しよう。
下生えの音が止んだ。
今更ながらの用心はむしろ威嚇だ。
何だ、どうした?さっさと来いよ?
風のない山中はしんとして、ただ日暮れて寒さを増すばかりの静けさ。サソリーいや、ヒルコが足を引いて歩く乾いて泥濘んだ落葉の密やかな音が静謐をいや増すのみ。
ひゅっと耳元を空口笛がなる様な震えが掠めた。木立ちの、道筋側の幹に生々しく鋭い傷が走る。
体勢を変え、木立ちに向き直り、そうしながら気付いた。
牡蠣殻。
これは牡蠣殻の仕業だ。
肩の上のお荷物が頭をもたげ、胡乱な気配を漂わせている。
「…おい」
余計な真似は止せ。
言う間もなく、木立ちから飛び出た人影が三つ。
手に手に得物を構え、乱暴な構えを見せる様は首狩り、賞金稼ぎか山賊の風情だ。
「…おいおい」
首狩りならまさかの俺狙いか。どっちにしろふざけんじゃねえぞ、何だこのタイミングはよ。
しかし身の程を知らぬ連中だ。
この俺を狩る?出来ると思ってか。
俄かか馬鹿だな。詰まらねえ。
半ば肩透かしを食らった態でサソリはチャクラを練りかけ、止めた。
また空口笛の音が走って、木立ちから現れた三人がタタラを踏む。何かに着衣を千切られ、三人が警戒して鼻白むのがわかった。
…ふん?鎌鼬かよ。
牡蠣殻がサソリの肩に右手を付いて上体を捻り、左腕を振るったのだ。サソリは舌打ちして牡蠣殻を肩から投げ下ろした。
「そんな元気があんなら手前で歩きやがれ、クソ女」
「……」
牡蠣殻は片膝をついて立ち上がった。
サソリには見向きもしない。大体サソリに気付いているかどうか。
牡蠣殻の様子は尋常に見えなかった。
黒炭のように黒い目をして三人組をじっと見ている。袷の裾が吹き上げられるように忙しなく捲くれ返り、生温かい風が山の冷たい空気を掻き混ぜ始めた。
風は牡蠣殻を中心にその渦を徐々に大きく広げて行く。
サソリは興味深く様子を見守った。
コイツが磯の技ってヤツか。いや、技じゃねえな。業か。