第2章 木の葉
「牡蠣殻と添って子を生すの悪くありませんが、何分やり方がマズい。散開の意義が問われる今、全てを灰燼に帰されるのはごめんだし、好いた女を姉に充てがわれるような情けない事になっては死んだ父に合わせる顔もないし、いずれにせよ有難い話ではありません。磯と草は交わるものではないですからね」
「関わるも何も、草と磯は元はひとつだって聞いた事がある。条件さえ合えば統合もありじゃないの?互いに小さな里なんだし、杏可也さんが草に地盤を持つのなら悪い話じゃないと思うけど」
カカシの言葉に波平は首を振った。
「二里が協定で元の鞘に戻る事はないだろうな。少なくとも今の私にはその気が全くない」
「…杏可也さんが草で画策?本当にそうなのか?」
アスマが納得しかねる様子で呟いた。
多少なりとも杏可也を知る者には俄かに呑み込み難い話だ。杏可也は、今波平が語った様な女ではない。
察した波平が肩をすくめた。
「姉さんは壮大な内弁慶だからなあ」
「そういう問題か」
「そうじゃないから往生している。わかってるじゃないか」
「波平、お前この話を五代目にはしたのか」
アスマの問いに波平は笑った。
「いや」
波平は散開を境に笑顔を見せるようになった。以前は滅多と笑う事のない男だったが磯が散開と共に外商の幅を広げたのに伴い、柔らかい表情を作る術を覚えたように思われる。が、腹の中は以前より読み辛くなった。
「奈良くんはいいなあ」
不意に漏らした波平にシカマルがギクッとする。春に磯で会ったとき、牡蠣殻とシカマルを勘違いした波平に腕を掴まれた記憶は未だ生々しい。
「奈良くんのような補佐が居てくれればさぞ助かるだろうに」
「…今補佐はいねえんですか?」
シカマルの問いに波平は苦笑いする。
「身近に信用の置ける者がいないのは気疲れするものです。特に私は幼少の頃から近しくあった者と執政して来ましたからね」
湯呑みを伏せて波平はシカマルを見やった。
「どうも私は傍目に気難しいらしくてね。何を考えているのかわからないと周りの者を困らせている。長老連も牡蠣殻も藻裾も、深水師も、姉も、意を汲んで私を支えてくれていた人々は悉く私の元を去った。散開を強行したが故の自業自得とは言え、今の執政の状況は些か心許ない。功者が私しかいないというのがまた…」
顎を撫でて目を細める。