第2章 木の葉
「私にもさっぱり解せない。牡蠣殻は人に固執しない。そこがまた私には面白く趣深いのだが、単刀直入に言ってそれ故にアレは人からも固執されないで来た」
「…そうかな?」
首を傾げたシカマルに、波平はトンとこめかみを指先で突いた。
「勘違いしてはいけない。血の質は牡蠣殻の本質ではない。今牡蠣殻を取り巻く状況はアレの血が巻き起こしている事であって、アレに集まっている衆目は牡蠣殻自体を見てはいない」
「暁の大男は?」
カカシが骨だけになった皿を押しやって何の気なしに言った。シカマルを突いてコンロの焦げかけの肉を指し示す。慌てて肉を反したシカマルを横目に、カカシは他意のない様子でにこやかに続けた。
「一度彼と話をしたけど、仔細ありげだったねえ。親しいんでしょ、牡蠣殻って人は。何でだか、暁の大名殺しと?」
「彼は例外だ」
あっさり認めて波平は苦笑する。
「何故牡蠣殻に固執し始めたのか知らないが、ああも直截的に求められた事のない牡蠣殻は驚いたろうし、考えたろう。あの男の事をつらつらと」
曰く言い難い表情で視線をぶつけて来たアスマを淡々と見返して波平はすうっと目を細めた。
「結果何が良かったのか知れないが、彼に気を許し始めた。何かにつけて人の心は思案の外だ。何時何がどう転がるか見当も付かない。とは言え、その本質は容易に変わるものではない。移ろいはあっても根は揺るがぬもの。牡蠣殻が為蛍を殺すとは思われない。深水師を殺めた海士仁なら兎も角、さしたる所以もない為蛍に殺意を抱くまでの気持ちを持つ事などあるべくもないのは自明の白だ。万万が一あるとすれば正に弾み、しかし自傷を忌避するが故に牡蠣殻は滅多と武器を扱わない。扱ってもせいぜいが懐刀、弾みで人を殺めるのは難しい。強い意志を以て刺し貫かねば。これもまた明らかな事」
ここまで一息に話して、波平はカカシを促すように見た。カカシはちょっと眉をひそめてから、フッと口角を上げて湯呑みの酒を啜った。
「つまり、波平さんは牡蠣殻は嵌められたって思ってる訳だ。自分じゃやらなさそうな事でビンゴブックに載った、だから裏があると思う、そういう事かな?」
波平は答えない。ただ視線をアスマに巡らせる。
その視線を受けたアスマは、眉を上げて顎を掻いた。