第2章 木の葉
「きな臭くても仕方ない。きな臭い話をしに来たのだからね」
突き出しの蕎麦の実を箸で摘みながら波平が鹿爪らしく答える。
「生きてたんだ。波平さんの補佐の人?」
カカシが湯呑みの縁を指でなぞって、何気ない風に言った。
気の進まぬ様子で肉を摘んでいたシカマルがちらとカカシを見る。
カカシは気付かぬ顔で魚の骨を箸で器用に除けながら、薄く笑った。
「てっきり死んだものかと思ってたんだけどね」
暁の鮫。波平の心を嬲る異形の男が素っ気なく告げた言葉。
謀られたか。
ーいや。俺が甘かった。
「波平、お前牡蠣殻の居場所を知ってたのか。何で黙ってた?」
カカシから酒を取り返す事も忘れたアスマが低い声を出す。
「心配してくれていたのかな?……私もあまり穿ちたくはないんだ。アスマ」
波平は湯呑みを干して茫洋とアスマを見た。
「正直牡蠣殻に関して木の葉とつるむ気はなかった。争い事は避けたいからね」
「…争い事?また随分物騒な話だなぁ。波平さん、何でそう思うの?」
にこやかに問い返したカカシにシカマルは眉根を寄せた。
暗部が牡蠣殻を追い詰め、結果砂に匿われた彼女を秘密裏に木の葉へ連れ去る為にガイ班が任務に駆り出された事をシカマルは知っている。
綱手が牡蠣殻と親しい藻裾を利用しようとした事も。
波平もそれを知っている。知った上で、木の葉へ、牡蠣殻の話をしに来た。
そうせざろう得ない事態が出来したからだ。
牡蠣殻がビンゴブックに載るという想定外の事態が。
「何でそう思うか?ふ。そうだね。何故だろうか」
アスマのところへ運ばれて来た塩握りを、アーンしてやったシカマルが厭な顔をしたのを確認して、面白そうに頷いた波平が眼鏡を外した。
「思い当たるのは、アレを取り戻す邪魔は誰にもさせまいという私の妄念かな」
眼鏡をとった波平の目が、いつもと違う色なのは三人ともすぐわかった。
「私は牡蠣殻を取り戻したいのだよ。里人の自由を重んじて散開までした私だが、残念ながら好きな女の自由を認める器量は持ち合わせていなかったようだ」
波平は眼鏡を掛け直し、穏やかにアスマを見た。
「生きてさえいればいいと一度は言った身で情けない事だね」
複雑な顔でアスマが口角を上げた。
「情けなかねえさ。わからなくもねえよ」
「幸せそうなお前に言われたかない」