第16章 迎えに来たんだ。
「話ならさっきしたじゃないですか」
あっけらかんと言う牡蠣殻に、鬼鮫は開いた目をまた閉じた。
ー成る程この馬鹿女は、渡りに船くらいの頭でいる訳ですね。
この腕の中で語られた戯言がショートカットして目の前に降って湧いた。確かに渡りに船。正に渡りに船。
ちゃんとするが聞いて呆れる。まるで変わりなく牡蠣殻磯辺は牡蠣殻磯辺だ。目交うくらいでは変わらないらしい。
見れば波平が笑っていた。僅かに顔を俯けて、斜斜めから鬼鮫を掬い上げるように眺めた半眼が、寛やかな曲線を描いて和んでいる。
どうなさいます?
波平の目が動いて牡蠣殻を捉えた。
コレは巧者だ。好きな様に動きますよ。あなたにそれが止められるか。
鬼鮫も牡蠣殻を見る。
いやにサバサバと見返して来る牡蠣殻に、鬼鮫は苦笑いした。
波平に視線を戻す。
「言うまでもなくご存知でしょうが、この人は今体調が安定していません」
「承知しています。ー木の葉には今草の者がいる。牡蠣殻と里を抜けて来た者です。医療の心得はないが草人らしくかの里の本草については明るい筈」
「そうですか。まああなたも深水さんの書付をお持ちですしね。彼の子弟だったあなたなら、あれを上手く活かすのでしょう」
鬼鮫に言われて波平は口を引き結んだ。
「あれは今私の手元にありません」
「ほう?」
鬼鮫の眉が上がる。その傍らで牡蠣殻も目を瞬かせた。
「大事なものだとばかり思って来ましたが、そうでもないんですかね」
鬼鮫の言葉に牡蠣殻が何か言いかけ、目を伏せた波平を見、思い直したようにパチンと口を閉じる。
そして、閉じた口をまた開けて、言った。
「人の持ち物の価値を計るのは良い事じゃありませんよ、干柿さん」
「価値を計るつもりなどありませんよ。大体私自身同じものを持っているのだから、そもそも価値を計る必要がない。あれは私にしてみればあなたの体を知る手引でしかありませんが、深水さんの子弟だった浮輪さんにとったらもっと意味深く大切なものだと思ったまでの事です」
「そこまでわかっているなら尚更です。他人の事情を斟酌なさらない方がいいかと思います」
「あなたに説教されるとはねえ」
「説教…。説教になってましたか?それは…すいません」
珍しく気まずそうな牡蠣殻に気が立った。襟首を捻って吊り上げたくなる。