第16章 迎えに来たんだ。
「兎に角、私は一平様のところへ行きます。元からそのつもりだったのはさっき話しました。置いて来た伊草さんの事も気になりますし、いずれ木の葉には顔を出さなければ…」
「話があると干柿さんが言っている」
不意に波平が穏やかな声で割って来た。
「一つ事に気持ちが向くとよそが見えなくなるのはお前の悪い癖だ。人の話を聞きなさい」
鬼鮫は波平を見ない。ただ波平を見る牡蠣殻を見ていた。
牡蠣殻は苦い物を呑んだような顔をして口を噤んでいる。叱られた子供のように。
「おわ…」
鬼鮫の腕が牡蠣殻の腰を掬い上げた。
「待っていて貰いましょうか。いきなり断りもなく現れたのですから是非もないでしょう」
波平に言い放った鬼鮫に牡蠣殻が頭をもたげて眉根を寄せる。
「それは貴方の言えた義理ではないのでは…」
「黙りなさい」
「いや、実際貴方もいきなり断りもなく…」
「黙りなさい」
「待ちますよ」
傍らの落葉樹に寄りかかり、波平が腕を組んだ。
「待つのには慣れています。今更少しくらい時間を上乗せされたところで何という事もありません。夜が明け切るまでにはまだ間もありますし」
木々の隙間に黒く透かし見える尾根を眺め、目を細める。
「ゆっくり待ちましょう」