第16章 迎えに来たんだ。
「そういう問題ですか。どうしようもない事言いますねえ…」
「どうしようもない?美味しいか美味しくないかは大事な事ですよ。因みに私、遺憾ながら鮫はあまり美味しくない気がするんですが、干柿さんにおかれてはそこらへんどう思われます?」
「禁句を勝手に解禁すると血を見ますよ?減らず口が叩けなくなる程度に血抜きして差し上げましょうか?朝から苦しむあなたを肴に朝酒も悪くなさそうですね。ザルのあなたなら人が呑むのをただ見るだけなんてさぞかし辛いでしょう。しかしそうなると出血の苦しみも忘れかねない人ですからねえ、あなたは。それでは詰まらない…」
「あなたが詰まると周りが痛いメを見ますからね。詰まらないのが一番です」
不意に鬼鮫が牡蠣殻の顎に手をかけた。
「何時まで深水さんに義理立てするつもりです?」
「…貴方にも幾人か大事な人があるでしょう?」
牡蠣殻の目が鬼鮫の目を射た。
「万事関わり無く、大事は大事のままなのです。その数は減らない。増えるばかり」
鬼鮫は揺れを悟られる前に目を眇めた。牡蠣殻の顎から手を離し、腕を組む。
「それがずっと怖かったけれど、今は平気です。そう思える。私は貴方が大事です。初めての事ばかりでどうしようもない気持ちで大事です」
柳の目で牡蠣殻が笑う。
「だから、私自身、もっとちゃんとするようにします」
「ちゃんとする?そんなあなたは想像もつかない…」
言いかけた鬼鮫の首に手をかけて牡蠣殻が背伸びした。乾いて苦い唇がふっと触れて離れる。
「私にもつきません。でも、それでいいんです。今はただ、そうしたいと思う自分も大事にしたい」
泣くかと思った。けれど、牡蠣殻の目は笑ったまま。
「さ、お客様をお待たせしちゃいけません。お客様じゃなくサソリさんかも知れませんが、どの道これ以上待たせてしまっては申し訳ない」
窓表の明るさに目を細め、牡蠣殻は鬼鮫の手を握った。
「行きましょうか」