第16章 迎えに来たんだ。
牡蠣殻の身繕いは手早い。着衣するのも髪を結うのも瞬く間だ。これは磯という里に生まれ付いた者の特色なのか、見栄えを気にかけない牡蠣殻の性格なのか、まあどちらもだろう。
「何です?」
腕組みしてじっと見下す鬼鮫に牡蠣殻が眉を顰める。
「じろじろ見ないで下さいよ。やり辛い」
「がっかりするくらいいつも通りですねえ…」
厚手の袷を着込んでしまえば、裸ならまだわかる細やかな体の丸みが皆無になる。見慣れた牡蠣殻の出来上がりだ。
「…いつも通りの私に何か問題でも?」
「あり過ぎで論う気にもなりませんね。体は大丈夫ですか」
「股が痛いでぶ…ッ」
「……」
「…何で今叩きました?何かマズい事言いましたか、私?質問に答えただけですよね?何なんですか、一体」
「あなたの股なんかどうだっていいんですよ」
「人の股だと思って酷い事言いますね。誰のせいで股を傷めたと思ってるんですか。無責任な」
「自分の股くらい自分で労ったらどうです。そこまで面倒見切れませんよ」
「?股はどうしたら労れるんですか?一日閉じて寝てたらいんですかね。酷いメにあわせて申し訳ないと撫で擦って慰めたらいい?」
「…そうしたければすればいいですよ。効くかどうかは知りませんがね」
「効かなかったら馬鹿みたいじゃないですか」
「心配ありません。効いたって馬鹿みたいなのに変わりありませんからね」
「何です。私の股を馬鹿呼ばわりする気ですか。私の股が何をしたって言うんでふ…ッ」
「股股言うのは止めなさい。聞き苦しい」
「…干柿さんだって言ってたじゃないですか。朝からばんばんはたくのは止めて下さいよ。一日やる気がなくなります」
「やる気のあるあなたなんか見た事ない気がしますけどねえ」
「私のやる気は奥床しいので滅多と表に現れないのです」
「幻のやる気という訳ですね。成る程」
「それは言い過ぎです」
「そうですか。むしろ無いものは無いと言いたいところを遠慮してみたんですがね。慣れない事をするもんじゃありませんねえ。あなたにやる気なんかないでしょう」
「全く無くはないですよ。失敬な」
「では、ほぼ無い」
「…私そんなに海月みたようにやる気なくぐだぐだしてます?」
「あなたは海月じゃなく牡蠣でしょう?ぐだぐだに変わりはありませんが」
「…まあ海月も牡蠣も美味しいからいいか…」