第15章 ならそのままで
波平はさぞかし怒る事だろうが、仕方ない。実際杏可也には波平にない方面の施政の能力がある。海士仁は優れた薬師、しかも功者だ。後難は磯影たる波平に収めて貰うとして、二人に支えて貰えば当の波平が随分助かる事になる。後は長老連の跡を担う人材が必要だが、これも波平に頑張って貰うしかない。
大体身近に信を置く者が少ないのは波平のこれまでの来し方に問題がある。
あの人はもっと周りに興味を持たなければ。
里を統べる立場にありながら、波平はいささか視野が狭い帰来がある。砂や木の葉とのやり取りでそれも少しは変わったと聞いたが、どうだろう。
考え込む牡蠣殻に鬼鮫が眉を上げた。
「話は分かりました」
「流石干柿さん、理解がお早……はや…は…、……あの、干柿さん?」
「何です」
「痛いんですが。じんわり頬を抓らないで下さい。段々痛く…どんどん痛く…い…ぃ…いだいいだい!いだい!あだだだだッ!止め、い…いだい!あだだッ!離して下さぃいだだだだだ!!!」
「あなた今誰の事を考えてます?」
「はぁあ!?痛いばっかりで何を考えるも何も…あぎゃッ!ちょ、痣になりますって!痣になったらまた薬だ。あれはいちいち私の血を抜いて作らなきゃないんですよ?面倒だから大事に呑んでるのに…いだい!!!ぃいい加減にして下さい、干柿さん!」
「考えられない?それはよかった。丁寧に抓った甲斐があったというものです」
「あたぁ…。全く何が甲斐です。貴方も大概訳が分からない人ですねぇ」
「訳が分からないのはあなたです。先刻のような妄言が上手く運ぶとでも思ってるんですか?草から磯まであなたの一存で動く程度のものなら話がここまでこじれてないんですよ」
「誰も上手く運ぶなんて思っちゃませんよ。でも、上手く行くとわかっている事ばかりしていけるものでもない」
「そういう寝言は好きませんねえ。寝言が言いたければ寝直しなさい」
「やってみなければわからないというのは寝言ですかねえ…。手厳しい」
「あなたは非力だ。無力と言っていい。逃げ隠れが巧みなだけで何の力も持たない只の女だ。大それた真似が出来よう筈もない」
「知ってますよ。そんな事」
「なら身の程を弁えなさい」