第15章 ならそのままで
つまり、波平を廃して一平を立てるという事だ。実際には杏可也と長老連が摂政する形になるだろう。何年か先の話だ。何しろ一平はまだ一つそこそこだった筈。
「だから草なんです」
鬼鮫の思考を読んだように牡蠣殻が続ける。
「草には潤沢な資金がある。他里と取引する基盤は磯など足元にも及ばない。一平様が物心つかれる頃までに草を完全に掌握すれば資金面の手間が省ける」
施政は優れていたが後進を育てず、最期は寄る辺なく草を置き去りに死去した女好きの為蛍、女装好きで権勢欲のない伊草、頼りない跡継ぎたちと、我儘で軽率ながら後宮を圧制していた芙蓉。
潤沢で盛んではあっても、内は脆い草。
牡蠣殻を襲って里を抜けた海士仁は杏可也と長老連の口利きで珍しく貴重な薬石を携え、何度も磯へ戻っていた。その貴重な薬石は何処から来た?無論海士仁自身で手に入れたものも多いだろう。けれど、磯とは違う手法で、磯の者を唸らせる加工の施された薬種は誰が作ったものだ?
そもそも、海士仁はずっと何処にいたのか。
草に杏可也の化けた螺鈿を手引き出来たのは誰だ?
海士仁は、誰の為に磯影になろうとした?
これは誰かが筋書きした、長い企てなのではないか。
「もし長老連が今言ったような事を考えているのならば、私はその逆を行きたいのですよ」
牡蠣殻が顔を上げたので見返すと、人の悪い笑みが目に入った。
「物心つくまで草から引き離し、よそでお育ち頂きたい。その上で尚一平様を立てたいと言うのならば草に戻しましょう。その頃までに草の権勢がどう移り変わっているかわかりませんがね。それには波平様にお引き受け頂くのが一番なので、事が上手く運んだ際には磯へも顔を出さなければなりません。いずれ波平様には一度ご挨拶に伺わなければならないし…」
会いに行くと言ったきり、叶っていない。流石に腹を立てているか、呆れているかしているだろう。
「杏可也さんも連れ出す気でいます。親子を引き離す訳にはいかないし、杏可也さんが来れば海士仁も草から動くかも知れない。先生お墨付きの海士仁が薬師としてに磯に戻れば里人の為になるし、杏可也さんは磯に、波平様に必要な方ですから」